中国政府のチベット騒乱への対処は、一連の経過の不透明性と歴史的経緯を鑑みるに、民主主義国家として看過できない状況にあることは明白である。
未だ無条件の取材も実現せず、真相は闇の中である。
こういう国で、こういう状況下で平和の祭典「オリンピック」が実施されるということに
違和感を覚えないほうがおかしい。
開会式欠席は、現時点で良識が取り得る判断として
現実的かつ実効性の高い「抗議の意志表示」である。
それでもなお、事態が改善されない場合は「ボイコット」を表明する。
カードは多いに越したことはない。
EU諸国で「開会式欠席」を表明している国が相次いでいるということ、
とりわけポーランドやチェコといった旧東側の諸国が表明していることの意味は大きい。
全体主義の恐怖の記憶が良識を目覚めさせたと言えるだろう。
日本も早期に旗幟を鮮明にする必要がある。
「全体主義」につくか「民主主義」を守り通すかである。
ここで「開会式欠席」くらいの意思表示ができないようでは、
この先永遠に「中国」のくびきから逃れることはできまい。
逆に一時的な関係悪化があっても、毅然とした態度を示すことは
今後の対中交渉においてばかりでなく、
国際社会においても有利な地歩を占めることになろう。
中国の「精神的属国」になってはならない。
そういう国は誰も相手にしない。
Unknown (一介のスポーツマン)
政治や外交の事は分かりませんがオリンピックを目指して頑張って来た選手の事を思うと
ボイコットは酷いと思います。
人間として (三四郎)
一介のスポーツマンさん、コメントありがとうございます。
選手の方々の悔しさは理解できる部分があります。しかし五輪と政治は現実的には不可分です。
五輪で活躍できるのも、それぞれ母国というバックグラウンドがあればこそだと思います。
もし日本が「人権軽視国」になり下がらないためにボイコットを表明するのであれば、
そこに日本人として、いや人間として感ずるところがあってしかるべきだと私は考えます。
いける情況ではないとは思いませんか? (ナポレオン・ソロ)
>一介のスポーツマンさん
>>ボイコットは酷い
誰に対して「酷い」のでしょう。
貴方はシナにまともなオリンピックが開催できるとお考えか。
もし、マトモでなくば、派遣された選手団は悲惨な目に遭うことが予想されるのですよ。
選手が実態を知った上で参加するか否かという選手の意見も訊かず、
貴方のような架空の代弁で「行きたいに決まっている」と考える方が「酷い」事ではありませんか。