Sunday, April 6, 2008
 
■ 12|収奪された国土 ■
 
第二次大戦後、アジアやアフリカの民族が次々と独立していく中で、チベット民族はこうして、唯一、植民地に転落した。チベットは、ヨーロッパ共同体に匹敵する広大な領土を持っていたが、その東部は分割されて、四川省、雲南省、甘粛省などに編入された。
北部のアムド地区は青海省とされた。
 
たとえば、アデの生まれ育ったカンゼ地区は、
四川省甘孜(カンゼ)チベット族自治州とされている。
細かく分割して、周囲の省の少数民族とされたのである。
残るチベット自治区の面積は、約半分にすぎない。
 
1949年当時のチベットの森林面積は22万平方kmであったが、
中共軍による乱伐で、1985年には13.4万平方kmとほぼ半減した。
中共軍は 旧国民党系の囚人や、チベット人を使って、
原始林へのアクセス道路を切り開き、伐採した木材を中国本土に送っている。
 
チベットは、インドや東南アジアを望む戦略的地域である。
中国はここに90基の核弾頭を配備している。
アムド地区の中国西北核兵器研究所は、その核廃棄物をきわめてずさんな方法で
チベット高原に廃棄したと伝えられている。
 
 
■ 13|生活と文化の破壊 ■
 
チベット亡命政府は、1949年から79年の30年間に死亡したチベット人は、
120万人をくだらないと発表している。
その内訳は、拷問17万3千人、死刑15万7千人、戦闘43万3千人、
飢餓34万3千人、自殺9千人、傷害致死9万3千人である。
侵略以前のチベット人口が600万人なので、5人に一人が殺された事になる。
チベット人の家庭で、家族が一人も投獄、殺害されていない家を見つけるのは難しい。
 
仏教国家チベットには、6,259もの僧院、尼僧院があったのが、
1976年に残っていたのは、わずか8つに過ぎない。
仏像や装飾品などは、ことごとく中国本土に持ち去られた。
59万人いた僧、尼僧などのうち、11万人強が拷問死し、
25万人以上が還俗を強制された。
 
僧院に付随して学校があったのだが、それらも一緒に破壊された。
チベットの12歳以上の文盲率は、中国側の発表でも、74.8%であり、
中国本土の31.9%の2倍以上となっている。
 
中国政府は、産児制限や中絶・不妊手術により、チベット人の人口抑制を図っている。
その一方で、中国人の移住を数々の優遇策によって奨励した。
その結果、チベット人口600万人に対して、
チベット全土に住む中国人は750万人と見積もられている。
チベットは、中国の過剰な人口の捌け口とされ、
チベット人は自らの国土においても、少数・劣等民族とされてしまったのである。
 
 
■ 14|ダライ・ラマ法王の祈り ■
 
ダライ・ラマ法王の働きかけで、国連総会は1959年、61年、65年の三度、
  「チベット人民の基本的人権と、その独特の文化的ならびに宗教的生活を、
   尊敬することを要求する」と決議している。
 
近年、多くの国の議会が チベットの人権を尊重するよう中国政府に求める決議を
行ってきた。たとえば欧州議会(1987-90,4回)、旧西ドイツ(1987)、イタリア(1989)、
オーストラリア(1990,1991)など。アメリカの上下院は10回以上の決議を行っている。
 
1989年には、ノーベル平和賞が法王に授与された。
ノルウェーのオスロ大学での受賞記念講演では、法王は
  「平和は私達一人一人の内から始まります。
   内的な平和があれば、周囲の人々とも平和を分かち合うことができます。」
との信念を披瀝し、
  「非暴力による平和の追求」が世界の一大潮流になっていることを指摘した。
 
89年6月の第2次天安門事件において、
  「中国で同じような変化をもたらそうとした勇気ある人々の努力は、
   ・・・暴力でうち砕かれてしまいました。」しかし中国の若者達が
  「権力は銃口から生まれる」と教えられ続けて来たにも拘わらず、
   非暴力を選んだことを、法王は高く評価した。
 
  「チベット高原全体を、人間と自然が調和して、
   自由に平和に暮らして行ける保護区にしようというのが、私の夢です。
   世界中の人々が、世界各地の緊張や圧力から逃れ、
   自分自身の内にある平和の真の意味を探し求める地区としたいのです。」
 
として、チベットの非武装、非核化、自然保護、
そして国際人権保護機関の設置を提案した。法王は演説を次の祈りで締めくくった。
 
  「世界に苦しみがあり、生き物が残っている限りは、
   私も、残ります。 世界の苦難を消すために」
 
ダライ・ラマ14世の肉体は滅びても、その魂は15世として、
この世に戻ってくる。世界の苦難を消すために。
チベット仏教の輪廻転生信仰は、世代を越えて受け継がれる
人類の「内なる平和への意志」の象徴とも言えよう。
 
»»» 完
 
■ 参考リンク ■
▶ 109 中国の失われた20年(上)〜2千万人餓死への「大躍進」
▶ 110 中国の失われた20年(下)〜憎悪と破壊の「文化大革命」
▶ JOG(009) 米中の人権論争
中国が抱える火種は南のチベットだけではない。西のウイグル、北のモンゴル、
そして東の北朝鮮との国境沿いの朝鮮族と、全方位で異民族の土地を占拠している。
 
■ 参 考 文 献 ■
▶「チベットの女戦士 アデ」アデ・タポンツァン著  / 総合法令 H11.5
▶「この悲劇の国 わがチベット」、ダライ・ラマ著  / 創洋社 S54
▶「チベット入門」チベット亡命政府情報・国際関係省 / 鳥影社 S11.5
 
 
■ spiral氏のブログ『新・へっぽこ時事放談』紹介記事より 『チベット・ホロコースト50年』その5・民と国の滅亡