東アジアの歴史と政情ならこのブログと定評の高い、
鋭い洞察力とアジアへの深い理解で充実したアネモネ氏のブログ。
特にチベットや東トルキスタンなどの少数民族に対して
中国が積み重ねてきた弾圧と虐殺の歴史を
果敢な筆致と豊富な写真で糾弾する渾身の迫力は、他の追随を許さない。
ビジュアルとコピーを駆使した説得力のある構成で
難解な時事を判りやすく説明。
政治ブログの中でも群を抜いた完成度を示している。
一時休刊していたが、今春復刊。
常連のコメンテーターをはじめ根強いファンを持つ。
なぜ3月14日の“暴動”では、ラサ中心部に空白地帯が生まれたのか…深まる疑惑
【ペロシ登場に嗚咽したチベット人】
「この悲しい時、私たちは、今チベットで何が起きているのか、
その真実の眩しい光を解き放つ為に、ここに来たのです」
3月21日、チベット亡命政府のあるインド北部マクロードガンジ(上ダラムサラ)で、
米国のナンシー・ペロシ下院議長は力強く訴えた。マダム・スピーカーは続けて、こう主張した。
「世界はチベットで起きていることを知る必要がある」
「チベット民衆を救うことは宿命だ」
ペロシ下院議長の演説は、マクロードガンジの法王猊下私邸横にあるツクラカン寺院で、行なわれた。
外国の政府高官としては、3月14日の大虐殺後、ダライ・ラマ14世法王猊下と初めて面会したことになる。
主要国の首脳が沈黙する中、この訪問が、どれほど亡命チベット人に勇気を与えたことか。
ある亡命チベット男性は、AFP通信の取材を受けている最中、堪え切れずに泣き崩れた。
採火式で演説した中共幹部のメンツは潰された。抗議の嵐吹くオリンピア。
路上の暴漢は五輪委関係者だった。そして、虐殺のシンボルと化した聖火は毛沢東の長征ルートを辿る。
「北京五輪の聖火は血塗られている。その聖火がチベットを通りチョモランマに登頂することは、
チベットの人々が過去50年にわたって受けてきた傷を抉る行為だ」
こうした真っ当な主張に耳を貸さないばかりか、
中共侵略政府は威圧的な態度で、強行突破をはかる見通しだ。
その他、聖火は東トルキスタン、南モンゴルにも運ばれ、中共支配を世界に印象づける。
そして、シナ大陸の血まみれ聖火リレーは、植民地巡回だけではなく、
紅軍・共産党ゆかりの地を巡るとも指摘されている。具体的には毛沢東らの長征ルートだ。
発表されているルートには、確かに長征の出発地である江西省瑞金、
そして最終地の陝西省延安が含まれている。
かつての長征ルートの都市には、記念碑や歴史保存館といったプロパガンダ施設が点在しているのだ。
これほど政治性を帯びた聖火リレーなど過去になかったろう。
24日、共産党中央政治局委員の劉淇は演壇で臆面もなく、こう言い放った。
「人類が平和を求める道のりを聖火が照らしていくことを願う」
オリンピアでの採火式は、いつからブラック・ジョークのコンテストに変わったのか?
屍を踏みしめる邪悪な聖火リレーを許してはならない。
すでにジェノサイド五輪の前哨戦は始まっている…
血まみれの聖火を掲げるランナーも、沿道で手を振る者も チベット大虐殺の加担者と見なす。
………チベット亡命政府によれば、トクメーさんの餓死は、25日に遺体が家族の元に帰されたことで判明したという。ラモチェ(小昭寺)は、ジョカン(大昭寺)と並ぶ古刹で、境内には密教学院(上密院)が置かれる重要な僧院だ。3月14日以降、ラモチェ僧院は完全に包囲され、定期的に催涙弾が打ち込まれていたという。チベット人が助けの手を差し伸べることは不可能だったのだ。中世の兵糧攻めのような戦術が、暗闇のラサで進行しいてるのである。
さる3月22日の六本木抗議集会で、演説に立った牧野聖修前参院議員も、チベットの各僧院が兵糧攻めに遭っている現状を訴えていた。また、約1,000人のチベット僧が軍用機で何処かに連れ去られたとの情報があることも明かしていた。世界の目が封じられたラサの僧院で何が起きているのか…27日にその一端が暴かれた。 …………「東アジア黙示録」で 本編を 読む