♪ハミングをbackに

 

 中ではグランドピアノの前にもう一人4年めと思しき方が座っていらっしゃいました。

「それじゃあ声出してみようか」とピアノを弾き始めました。

「アアアアアー(↗ジャン)アアアアアー(↗ジャン)」という発声練習のアレをです。


 事態は全部読めました。ここはどうやら「男声合唱のサークル」の練習場所のようです。

「冗談じゃない」と思いました。音楽は好きでしたが、バンドとか組む方で、

正直言ってブラバンとか合唱をやる男子には、中学の頃から苦手意識すらありました。


「何が面白いねん?お前ら...」


 実は密かに人形劇か演劇の方をやろうと心に決めていたのに....

003には次第に人が集まり始めました。3年め、4年め、みなさん妙に老けており、4年めというより....


 発声練習は続きました。

「かなり高いね。無理すればA♭まで出るじゃない。トップに入って」

「ちょっとまって下さい」と言い返せないまま、動揺する心とは裏腹に

何故だか頭に一瞬ゴールデンハーフのエバの歌声が過りました。

           (ちなみに自分はマリアが好きでした)


「♪チョット マッテ クダサイ

          ♪Please excuse me while I cry♪」


 ピアノの前の方は、「紅顔の美少年」のような容貌でしたが、

その言葉にはなかなかどうして有無を言わせない迫力があり....

ゴールデンハーフなんて通じるわけがなさそうで...


「練習は取り合えず月・水・金。ステージ前は毎日になるけどね。まぁ頑張ってくれ」


 当時の18の春が過ぎたばかりの1年めなんて、4年めの、しかも二浪・三浪の経験者と思しき方々に

囲まれた日にゃあ.....思わず「あっハイ」と返事するしかなかったわけです。


「伊勢正三もグリークラブだったしな.....」

「倉本聰も確か合唱をやってたはず.....」


 そういう妙な納得のしかたで、結局このグリークラブに入ることになってしまいました。

 実際入ってみると、とにかく男性ばかりですから、豪快かつ破天荒極まりないことも時にはあり、なのに声を揃えて歌う時だけ妙に繊細かつ真剣で。そのギャップが妙に面白いなと思いました。


 新歓コンパは恐怖でした。何たってボールにナミナミと日本酒をつがれ、皆さんが歌う黒田節に合わせて、ソレを飲み干さなければいけない。「イッキ!イッキ!」なんてそういう変に陽性の軟弱さなど皆無の時代であり....

そのくせ酔ってくると何故か「泣き上戸」に豹変する先輩もいたりして..この先輩は大場久美子さんのファンクラブに所属し、当然下宿の部屋には大きな彼女のポスターが貼っており、十八番は鶴岡雅義&東京ロマンチカのデビュー曲「小樽のひとよ」。

(一度ガットギターを持って鶴岡雅義役をやらされた)


 市内の合唱際参加。開校式典ヘの参加。

何故か学祭は何もせず....

道内のジョイントコンサートへの参加。

定期演奏会開催。


 定期演奏会での「ステージ003」は、

いわゆるおふざけステージで、

ほとんどドリフまがいのことをやるわけで..

例えば「あわてん坊のサンタクロース」にあわせて、

実際にサンタや子どもに化けて寸劇をやっちゃう。

1年目ですからなんでもやらされました。

トナカイのお面作り。黄色いスヌーピーのTシャツと

紺のスカートを着せられ女の子役....

(生涯で二度ある女装経験、その一度目....二度目はまた別の話)


 楽しい一年間があっという間に過ぎ、二年目になって突如として女子マネジャーが二人入部してから、いっぺんにムードが変わりました。男性の友情というものは、女性が入ることでもろくも崩れ去るものであり...それは古来より、例えば貴子姫をめぐる平小次郎将門と平太郎貞盛の従兄弟の例もそうであり....

        (これは大河ドラマだけのほとんどフィクションなのですが)


 彼女らの下宿の引っ越しを誰が手伝うかでもめ、花見のジンギスカンの席で誰が隣に座るかでもめ....

心なしか皆お洒落になり、起きたままの寝癖で、取り合えずジャージ着てサンダル履いて来る人は

いなくなり...


 個人的にはそんなにトキメク対象でもなかったような気もするんですが、どうやらそういう場数を

踏んで来なさ過ぎた(人のことは言えないけど)人が少なくなく....   次項へ続く

                                              

 研究室の新入生歓迎コンパでジュリーの「時の過ぎゆくままに」を歌ったンです。

この歌、15才の頃からけっこう十八番でして。


「お前なかなか高い声が出るなぁ」と4年めの先輩が二人こちらに近づいてきて、

「リード、いやトップでもいけそうだな」と意味不明なことを一人がお話しになり、

「とにかく月曜日003に来てよ」とこれまた意味不明なことをもう一人がお話しに

なりました。何かのサークルへの勧誘なのだろうと思いましたが、あいにくその夜

は二次会で潰されてしまったので、何のサークルかを尋ねそびれました。


 忘れたふりしてそのまま帰ろうとした月曜日。玄関付近で件の先輩二人に捕まり、

両脇を抱えるようにして連れていかれたのが、音楽棟の地下教室003号室でした。