ドイツ国際平和村
 
ドイツ国際平和村は、1967年7月6日、ドイツ市民の手によって、紛争地域や危機に瀕した地域の子どもたちを助けるために設立されました。


 活動はほぼ寄付と会員費から成り立っています。また、金銭的な寄付だけではなく、多くの人たちにドイツ国際平和村の活動は支えられています。例えば、チャーター機が着陸するデュッセルドルフ空港は、空港使用料を免除してくださっています。また、現在は約300名の方がボランティアとして登録しており、子ども達のお世話、厨房のお手伝い、入院中の子どものお見舞い、子ども達との工作、算数や読み書きを教えるなど様々な活動を行っています。日本からも約10名のボランティアが子ども達のお世話をしています。そしてまた、野菜・パン・おかしや古着など、物資の寄付も毎日運ばれてきます。

 ドイツ国際平和村では2005年7月現在、アンゴラ、アフガニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、グルジア、アルメニア、カンボジア、ルーマニア、カザフスタンの9カ国から184人の子ども達を受け入れています。ドイツ国際平和村は子ども達を受け入れる際の基準を4つ設けています。1つ目は母国ではその子どもに必要な治療ができないこと。2つ目はヨーロッパでの治療で治る見込みがあること。3つ目は治療後、子どもの帰国が家族や政府によって保証されていること。4つ目は家庭が困窮していることです。
 その条件のもとドイツへ行き治療を受けることが決まった子ども達は、家族と離れチャーター機でドイツへ向かいます。ドイツのデュッセルドルフ空港で待ち受けているのはボランティアの救急隊員です。そして、ほとんどの子はデュッセルドルフ空港からドイツ中にある協力病院へ向かいます。その協力病院では無償で子ども達の治療を行ってくださいます。ドイツ国際平和村の活動は、様々なかたちで多くの人たちに支えられていますが、特に協力病院無しではその活動を続けられません。協力病院が無償で行なってくださる子ども達の治療代をお金に換算すると莫大な金額になるからです。子どもによっては何度も手術を受けなければいけません。そして、治療が終わった子どもは退院し、ドイツ北西部オーバーハウゼン市にある平和村の施設で、同じ境遇にある他の子ども達と一緒に生活し、薬を飲み、リハビリを行ないながら帰国の日を待つのです。
子ども達の治療
 子ども達のけがや病気は様々です。骨髄炎症、火傷、先天性の泌尿器系の病気、地雷で腕や足をけがした子などです。現在一番多いのはアンゴラの子どもですが、アンゴラの子どもに一番多いのは骨髄炎症です。アンゴラでは4年前に停戦が成立し、長年続いた内戦が終わりましたが、貧富の差が広がり医療はあまり改善されていないようです。そして、栄養不足によって身体の抵抗力が低下することが原因である内因性の骨髄炎症や、けがをした際に適切な治療がされなかったために骨までばい菌が入ってしまう外因性の骨髄炎症の子どもが多いのです。骨髄炎症の治療は長い時間を要します。子ども達は手術を受けて、骨の膿みを取り除き、その痛みやホームシックに耐えます。そして、ドイツに来た時には歩けず、車いすに乗っていた子が松葉杖を使って歩けるようになり、リハビリをして最後には松葉杖なしで歩けるようになって母国へ帰ります。
 ドイツ国際平和村では子ども達はできるだけ自分のことは自分でやるようにしています。例えば、子ども達は、自分の傷の消毒を自分で行い、リハビリも覚えます。それは、母国へ帰った後も同じことを続けられるようにするためです。いつもは元気でやんちゃな子どもも、自分の傷を消毒するときには少し大人っぽい表情になることに気付くことがあります。それは、「元気になって家族の元へ帰る」ための強い意志の現れなのかもしれません。
 短い子は半年、長い子は2〜3年にもわたる治療の後、母国へ帰国します。その日は、子ども達にとって本当に嬉しい日です。新しい服を着て、飛行機に乗って、母国で待っている家族の元へ帰るのです。また同時に、私たちスタッフやボランティアにとっては嬉しい日でもあり、悲しい日でもあります。毎日一緒に過ごした子ども達と二度と会えないかもしれないからです。平和村では「愛情を注ぎすぎて子ども達の親代わりになってはいけない」と考えられています。元気になって母国へ帰るためにドイツに来ている子ども達にとって、過剰な愛情は禁物です。そして私は、笑顔で飛行機に乗り込む子ども達を見送り、心にぽっかり穴が空いたように寂しい気持ちになってはじめて気付きました。「自分を守るためにも愛情を注ぎすぎてはいけない」のだと。子ども達を乗せた飛行機を見送ったあとは、ただひたすら「みんなが家族に再会できますように。母国で幸せになれますように」と祈ることしかできません。その時にはなんと自分は無力なのかと感じます。しかし、悲しんでいる暇はありません。また治療を必要としている子ども達がやってくるからです。
 そうして、本当にたくさんの子ども達との出会いと別れを繰り返しながらドイツ国際平和村の活動は続いています。しかしながら、病気やけがを抱えた子ども達にとって、母国の家族の元で治療をできるのが一番いいのは明らかなことです。そのため、「ドイツ国際平和村をなくす」ことは、ドイツ国際平和村の目標です。ドイツ国際平和村が必要ではなくなること、それは家族の元を離れてドイツで治療を受けなければいけない子どもがいなくなることを意味します。


10・11月号後半はもう少しお待ち下さい。
2005年7月8日  ドイツ国際平和村  文/藤田 明里
ドイツ国際平和村は、人道援助団体です。当時、イスラエルとアラブとの間で戦争が勃発し、ドイツのオーバーハウゼン市でこの被害者のためを思って集会が行われました。多くの参加者は、この戦争によって予測される人々への被害について心を痛めました。そこで市民達は団結し、「ドイツ国際平和村」のアイディアは生まれました。当時のオーバーハウゼン市長、プロテスタントとカトリック教会の牧師、そしてサラリーマン達が輪となって、戦争によって医療的な治療を受けることができない子ども達のために援助を提供することにしたのです。
ドイツ国際平和村
FRIEDENSDORF INTERNATIONAL≪ドイツ国際平和村≫
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口座番号:0152887 口座名:ドイツ平和村