いつだってめちゃ元気!! 身土不二で健康増進中。
 
おばあちゃんのバックからは
手作りの薬がどんどん出てくる…
まるでどらえもんのポケットのよう
 今回ご紹介するのは、北杜市にお住まいの「どらえもんおばあちゃん」です。ご本人のご希望により匿名でご紹介させていただくこととなりました。(写真が載っているので…わかってしまうかも知れませんが)。
 なぜ、彼女にこのニックネームがついたのか?から説明しなければなりません。日頃から様々なボランティア活動に参加していた彼女は、あるきっかけで「ベトナムのマングローブ植林」のボランティアに参加する事になりました。その時、一緒に行った若者達が彼女につけたニックネームです。
 植林に行った場所はジャングル地帯。熱帯モンスーン気候の中での作業中に蚊に刺されたり、汗をかきアセモができたり、日焼けしすぎて肌が荒れたり、夜の自由時間に飲み過ぎたり、慣れない環境で眠れなかったりと、参加した若者たちの軟弱な心と体はとてもこの環境になじめませんでした。
 そんな時に頼りにされたのが彼女でした。彼女のウエストバックの中には、「かゆい時はこれ」「痛いときはこれ」「肌荒れにはこれ」といった調子で実にたくさんの処方箋が入っていたのでした。彼女からもらった薬がきいたらしく、若者たちの口からは「痛い」とか「かゆい」とかの愚痴がなくなりました。途中からは「夕べ飲み過ぎたからあの薬ちょうだい」とか、「かゆいからあの薬つけて〜」とみんなに頼りにされるようになりました。その時に付いたニックネームが「どらえもんおばあちゃん」。漫画のようにポケットからではないですが、バックから次々にいろんな薬が出てくる様子がまるで「どらえもん」のようだという理由らしいのです。
 彼女はいつもバックの中にいろんな薬を持ち歩いています。この薬は特別なものではなく、昔から伝わる家で作って使われている薬なのだそうです。そういわれれば、カリン・マムシ・ヘビイチゴ・スズメバチなどを焼酎につけ込んだものを見たことがある人もいることでしょう。
 彼女は静岡生でまれ、千葉で生活していました。そんなある日、彼女は自分が病気にかかっている事を知りました。病名は「C型肝炎」でした。子宮外妊娠をした時の手術で、輸血をした事が原因でした。それを知ったときはかなりのショックで、どうしたらいいのか悩んだそうです。とにかく治そうと、いろんな病院を当たったそうです。大きな病院にも通い、インターフェロ ン治療にも挑戦しました。しかし、成果は一向に表れず、むしろ悪化の一途を辿ったそうです。これを機に、思い切って、かねてより環境の良い所で暮らしたいと考えていたこともあり、現在お住まいの北杜市に越してこられたそうです。
 今では、千葉で病院に通っていた頃に比べ、環境が変わったこともあるせいか、自分が病気であることすら忘れるくらい元気な毎日を過ごしているそうです。「くよくよしても何も始まらないし、自分自身が治ると信じる気持ちが何よりも大事だよ。」と持ち前の明るさで笑い飛ばします。山梨に越して来てからは、念願の自家菜園も始められたこともあり、せっせと畑仕事をしながら、身の回りの土にあるものを食べることで自然と健康になるという「身土不二」の原理を、実践し健康増進に努めているそうです。もちろん全てが自給自足という訳にはいかないのですが、なるべくそれを心掛け、田舎暮らしを満喫しています。「昔の人は偉いね。今のように科学が発達していなかった時代、モノが無かった時代に、身近にあるものを良く理解し上手に使って病気を治していたんだから。」とおっしゃいます。
 若い頃からとにかくじっとしていられない性格だったという彼女。畑仕事の傍ら趣味の三味線や民謡を習い、さまざまなボランティア活動をし、料理教室に通ったりと並以上の多忙な毎日を送っています。「病気だと一度はあきらめた人生だけれど、今では新しい人生をもらったような気がするよ。」と語ってくれました。実にバイタリティ溢れる方で、周りに集まる人々をもたちまち元気にしてくれる存在です。 今回教えていただいた薬も、昔から伝え続けられたものです。しかし「必ず治る薬」はないとおっしゃいます。「大切なのは治そうと思う気持ちが一番の特効薬」だと彼女は言います。最後にこんな話をしてくれました。現在、子育て中のお母さんに是非やってもらいたい事があるのだそうです。それは、お子さんが病気になった時には、まず「お母さんの手当て」をして欲しいという事でした。具合が悪いところを優しくお母さんの手で温めてあげて欲しいのだそうです。温めるという行為は病気を治すことの基本。幹部を温める事で、血流が良くなり新陳代謝が高まるのだそうです。文字の通り「手」を「当てる」それが「手当て」の始まりだと教えてくれました。
(ほさか)
2005年3月号 どらえもんおばあちゃん