有限と無限の対応
 
 
有限と無限の対応 5
2007/09/23  日中/前半
 
 
有限と無限の対応 6
2007/09/23  日中/後半
 
 
有限と無限の対応 1
2007/09/22  日中/前半
 
        <はじめに>
 
 明日まで、有限と無限の対応という講題で、お話をしていきたいとおもいます。
このタイトルを聞くと難しいことのように聞こえるかもしれませんが、これは特別なことではありません。
 われわれは誰でも有限と無限の中に存在をしているわけです。万物がみな有限と無限との対応の中にある。有限というのは、限りがあるということです。
限りがあるということは、
 
有限と無限の対応 2
2007/09/22  日中/後半 
 
<如来について>
 
     『如』と『来』の意味
 
有限。体というものは病気をする。動いているものはやがて動かなくなる。しかしそれも仏法にあうと活性化するのかなと思っております。
 
  
それに対して空や時間のような無限なものがある。それはインドのも言葉でtatha(タター/如)といわれるものです。
日本語では「在るがまま」と訳されますが、中国の老子のことばでいえば、如・真・実・不虚(
 
有限と無限の対応 3
2007/09/22 逮夜/前半
 
  形のないもの、もたないもの=時間
 
我々は有限と無限のご縁の中にある。
我々のいのちには限界がある。しかし、無限なものは形がない。われわれのわかるものでいえば時間。
しかも無限でしょう。我々のほうから時間を見ると、われわれには時間がないけれども、時間そのものは無限です。人間がいなくなっても、地球がなくなっても時間はあり続ける。
10年、20年と時が経っていく“はたらき”を時間と呼
 
有限な我ら。如来は無限。
有限と無限はいつでもどこでもわたしと共に有り
いつでもどこでも傍にある。
つまり如来と我々はつながり合って成り立っている。
 
 
 
9月21日〜23日
     秋彼岸法要での記録