中山俊宏(津田塾大学准教授)
共同通信2008年3月7日配信
ミニ・スーパーチューズデーと呼ばれた三月四日の選挙において、クリントン氏がオハイオとテキサスを制したことで、民主党の大統領候補選びは混迷の度合いを深めている。
今年一月に始まった予備選挙は、これまでも予想外の展開続きだったが、今回の結果も専門家の読みを覆すものだったといえる。アイオワにおけるオバマ氏の勝利、続くニューハンプシャーにおけるクリントン氏のカムバック、スーパーチューズデーにおける両候補の互角の戦い、スーパーチューズデー以降のオバマ氏の連戦連勝。そして、今回のクリントン氏のカムバック。いずれもセオリー通りの展開ではなかった。
たしかに数字の上では、クリントン候補の優位が伝えられていた。しかし、追い上げるオバマ氏の勢いと、その選挙キャンペーンのエネルギーに圧倒され、米メディアも含めて、「オバママニア」に幻惑されていた感は否めない。今回、なぜオバマ氏は決着をつけられなかったのか。またそれは民主党にとってどのような意味をもつのだろうか。
非公式の予備選挙がちょうど一年ほど前に始まってから、一貫してリードを保ってきたのはクリントン氏だった。経験と組織を前面に打ち出し、若いオバマ氏に付け入る隙を与えなかった。この段階では、クリントン氏は完璧なキャンペーンを展開したと評された。
しかし、投票日が近づくと、次第にオバマ氏への期待が高まっていく。オバマ氏にとって転機となったのが、十一月下旬にアイオワで行なった演説だ。彼はそこで歴史的必然の言葉を用いて自分を取り巻く状況について語りはじめた。米国が再生するための選択肢として自分を有権者に提示し、それが説得力をもちはじめたのだ。
オバマ・キャンペーンは、ニューハンプシャーでいったんつまずくものの、その後は、まさに社会運動のような熱気を放ちながら、クリントン陣営に迫り、追い抜いていった。この間、クリントン陣営は、オバマ氏は演説はうまいかもしれないが、実体がともなわないという批判を執拗に展開した。しかし、この批判は効果を上げなかった。それは、有権者がオバマ氏を実現してほしい「政策の束」として見ているのではなく、米国を新しい方向に向けて動員するそのメッセージ(=言葉)に期待を託していたからだ。
今回のミニ・スーパーチューズデーの焦点は、果たしてオバマ氏が決着をつけられるのか、そしてクリントン氏が撤退の決断を下せるのかということだった。
しかし、オハイオとテキサスの有権者はオバマ氏を選びきれなかった。それは、果たして本当にオバマ氏でいいのだろうかという疑問が有権者の頭をよぎったからに違いない。投票直前にどちらに投票するか決めた人の間では、クリントン氏が勝っているというデータがこのことを示唆している。
オバマ氏とクリントン氏との間に大きな政策的違いはない。最終決断の直前にして、一瞬迷ったというのが今回の結果につながったといえよう。有権者は、もう少しこの戦いを見て、両候補を見極めたいと考えた可能性もある。
しかし、一方で共和党はマケイン候補に一本化した。民主党の候補者選びが無用に長期化し、選挙戦が内輪の泥仕合の様相を呈してくると、共和党優位の構図が浮かび上がってくる可能性も否定はできない。