◇1年生の部 最優秀賞
「注文の多い料理店」を読んで 1C 西田優香
この物語は、宮沢賢治の書いた童話です。宮沢賢治は『銀河鉄道の夜』や『セロ弾きのゴーシュ』『風の又三郎』『ツェねずみ』など、たくさんのおもしろい童話を書いていますが、この『注文の多い料理店』は、独特な文章で、話の展開も奇抜です。
二人の若い紳士が白熊のような二匹の犬と一緒に猟に出て、一軒の料理店に入っていくのですが、その料理店がとても変わっています。料理店から客への注文がいっぱいあるのです。一つの注文を受け入れてドアを開けると、また違う注文が書いてあり、それに従って次のドアを開けると、また……というふうに。そしてとうとう最後には、客である二人の紳士が、逆に料理店の人に食べられそうになるという、ありえないストーリーなのですが、次はどうなるのだろう?と、ワクワクしながら読み進んでいくことができました。
文章も、『どなたもどうかおはいりください。決してご遠慮はありません。』とか、『注文はずいぶん多いでしょうがどうかいちいちこらえてください。』『いや、わざわざご苦労です。たいへんけっこうにできました。さあさあおなかにおはいりください。』など、現在の言葉遣いと少し違いますが、何か丁寧でおもしろいと思いました。作者の宮沢賢治は、他の作品を読んでもわかるように、とても純粋な心の持ち主だと思うのですが、この物語を通して言いたかったことは何だろう?と考えました。
この二人の強欲で、お金のことばかり考えている紳士たちが、欲張りなためにかえってだまされて、殺されそうになることから、やっぱりこんなおろかな人間になってはいけないと思うし、何だかそんな馬鹿さかげんに笑ってしまいます。こんなおろかな人間のことも作者は大きく見守っているような気がします。なぜなら、最後に彼らの命を助けてあげる二匹の犬を登場させているかです。
二人の紳士を悪い人間だから徹底的に罰をうけるのだというふうにはしていないところが、すごいと思いました。私だったら、この二人にもっと罰を与える終わり方にしていたかもしれません。
作者は、人間の弱さやおろかさを認めたうえで、人間を正しい方向へ導きたいと願っているのではないかと思いました。人間の悪の部分よりも善の部分を信じたい、いや、信じているのでしょう。
私もこの物語を読んで、欲におぼれる人間の弱さを知りましたが、私自身の中にもある弱さだと思います。その弱さを認めることで他の人の弱さやずるさを許すことができるのかもしれません。
作者宮沢賢治の人間に対する優しさと大きな深い愛情をいつも感じながら、私も毎日の生活の中で、友達や、周りの人たちと接していきたいと思いました。自分の心が豊かであれば、人に優しくできるのだと少しわかってきたように思うから……。
2年の部 最優秀賞
「ピーターラビットと仲間たち」を読んで 2A 菊池玲南
皆さんは、ピーターラビットの絵本を読んだことがありますか。一度は読んだことがあるという人は、多いと思います。この本ではピーターラビットが生まれた歴史についていろいろ書かれています。
ピーターラビットの話の舞台になっているのは、イギリスの湖水地方のニア・ソーリー村です。その村で、ビアトリクス・ポターは、絵本を書きました。小さな時からウサギやネズミを部屋で飼ってそれぞれに名前をつけ、自分の話し相手としていた内気な性格だったので、人と話をするより、本を読んだり動物を観察することが喜びだったのです。そして、なによりも湖水地方を愛したポターは、晩年、絵本の印税などを資金として次々と土地を購入し、イギリスの自然や文化を保護する団体ナショナル・トラストに寄贈していきました。ポターの遺言は、自分の土地の自然をそのままに保つこと、所有権は夫の死後ナショナル・トラストに渡すことでした。湖水地方の自然が、ポターが生きていた当時と同じように保たれているのは、ナショナル・トラストとポターのおかげだと言っても良いのです。イギリスの湖水地方は、現在でも絵本からとび出してきたような美しい所です。舞台になった農場や家やハーブガーデンがり、ピーターラビットのグッズを売っている店や、「ザ・ワールド・オブ・ビアトリクス・ポター・アトラクション」という物語を再現した所もあります。今もピーターラビットは世界中で人気があるので、多くの人がそこを訪れています。
自分も一度は、行ってみたいと思っているのですが、前にテレビで日本人の観光客がたくさん訪れて、おみやげを買いあさったり、ゴミを捨てたりして、現地の人が困っているという話を聞いたことがあります。ピーターラビットが、かわいいというだけでなく、ポターのしてきた活動を知っている人がこのような事をしているのでしょうか。私は同じ日本人としてはずかしいと思いました。
そして私がもう一つ知った事は、日本にもナショナル・トラスト協会があるという事です。全国で約五十くらいの団体が自然保護のための活動をしています。私は興味を持ったので今度、パソコンなどでもっと調べてみようと思いました。
「ブランコのむこうで」を読んで 2B 野上芽以
この本を選んだきっかけは、本の裏表紙に、「もう一人の自分に出会った。まるで、鏡の世界から抜け出てきたような、もう一人の自分に…」とあった。そのもう一人の自分の正体が知りたくてこの本を読んでみようと思った。
ある日、主人公の男の子が、学校の帰り道に、自分とそっくりな子と出会う。それも主人公の前を歩いていた男の子が自分にそっくりだと気付く。私はその時、自分の家族や友達、学校の先生など自分がよく知っている人によく似た人を見ることはある。でも、自分に似た人に出会ったとして、自分んい似ているとすぐわかるだろうか?まして後姿でと思った。私は、自分の後姿をじっくりと見た事がないからだ。でも、なんとなくふんいきでわかるかなぁと思いながら読んでいた。
主人公が男の子の後をつけて、どこへ行くのか確かめてみようとしている時、私なりに推理していた。本当に別の世界から来たもう一人の主人公なのか、それとも人間の中には善の部分と悪の部分があって、主人公自身の中から抜け出して来たどちらかの人物なのか、それとも全くちがう人物なのかと、ドキドキしながら読んでいた。そのもう一人の男の子は主人公の事をよく知っている。ところで、そんなふうに、自分そっくりなもう一人の自分に出会ったら、私ならどうするだろうかと考えた。やっぱりその子がどこから来たのか、どういう子なのか、知りたいと思うだろうが、でも、なんだかこわいような、気味の悪さも感じるだろう。
自分自身は、この世の中で一人でありたい。いい事も悪い事もいろいろあるけれど、でも世の中で自分自身は一人である事で、自分の事を大切にできるし、物事もよく考えて行動でき、自分の感性も大切にできると思う。何人も自分と同じ人物が存在したら、自分の事も大切に思えなくなるし、思慮深く行動する事もなくなるのではないかと思った。
そして、そのもう一人の男の子は、主人公の中のもう一人の自分とわかる。私もよく夢を見る。でも、良い夢は、あまりはっきりと覚えていなかったりするが、逆にこわい夢は朝起きた後も覚えていたりする。逆だったらいいのにと思う。とても良い夢を見て、目がさめた時、もう一度同じ夢を見ようとして、すぐ目をつぶっても、二度と同じ夢の中に行く事はできない。どうして、その夢を見たのかもわからない。
夢を見るという事はよくあることだが、自分の生活に深くかかわっている人、たとえば友達や家族などの夢を見たりする事が多い。でも長い間会っていない親せきの人や日頃は忘れている友達が、時々夢に登場する。この主人公も夢の中でいろいろな人の夢を冒険するが、その人達がいろいろな形を変えて夢の中に登場してきたのだろうか。
人間は夢を見る事で、現実には言えない事を夢の中で言ったりする。夢を見る事で、夢の中の主人公さえも気付いていない心の中の本当の気持ちや本当に言いたかった事を、夢の中の主人公が代わりに言ってくれたり、気付かせてくれたりしているのかなと思った。もし、一つ一つの夢を覚えていたら、それだけで疲れてしまう事もあるだろう。だから、人間は朝起きると夢を忘れてしまうように神様がしてくれているのかなと思う。
夢を見る事で、人間は知らない間に心の中を洗浄しているのかなと思った。
3年の部 最優秀賞
「アシュリー」を読んで 3E 野呂桂花
この世に強い人なんていない。みんな弱いところを持っている。強そうに見えるけど本当は弱いところを必死で隠してみんな生きているんだと思う。
この本を書いたアシュリーという名の少女は”プロジェリア”という病気です。他の人よりも十倍くらいの速さで歳を取っていっくそうです。私は彼女をかわいそうだと思いました。彼女だけでなく障害をどこに持っている人を少なからずかわいそうだと思ってしまいます。けれども彼女は、「そんなふうに言う人たちは、わたしの存在を知っているかもしれないけれど、プロジェリアで生きるということがどういうことで、わたしがどんなふうに感じてるか、しらないでしょ。」と言います。確かにそうです。私は何を知っている気になっていたんだろうと思い知らされました。
私は、彼女と同じ年齢です。けれども私は彼女が何歳か年上のお姉さんに思えて仕方ありません。なぜなら、彼女は自分の置かれている状態と向き合い、立ち向かい、そして”今”という時を精一杯素敵に生きているからです。きっと私がプロジェリアなら彼女のようには生きていけない。彼女だからできる生き方なんだと思います。時々、「神様はあなたが乗り越えられると思ったからこの使命を下したのよ。」という言葉を聞くことがあります。その時に私は「そんなわけない。ツラいものはツラいんだ。」と思っていました。けれども彼女の存在を知って、もしかしたらそういうこともあるんじゃないのかと思いました。彼女はプロジェリアということ以外は本当に普通の女の子です。”家族が大好き。友達が大好き。おしゃれが大好き。お菓子が大好き。”というどこにでもいる普通の女の子です。けれどもやっぱり世の中には心にもないことを発言する人がいます。私からすれば怒りたくなるし、泣きたくもなります。でも、そんな言葉を浴びても、彼女は、自分も見失わずに凛としています。これが彼女なんだと見せつけられました。
彼女にとっての親友にはジョンという少年があげられていました。彼もまたプロジェリアでした。彼女はプロジェリア。彼もまたプロジェリア。病気なんて抱えたくないけど、抱えたからこそ出会えた二人。これもまた神様の言う運命なのではないか。私はそう思いました。
この世に強い人なんていない。みんな弱いところを持っている。強そうに見えるけど本当は弱いところを必死で隠してみんな生きているんだと思う。けれども時には涙を見せてもいいと思う。彼女のように少し休んだらまた頑張る。そして最上級の笑顔をもう一度見せてくれたらそれでいいと思う。
彼女は”今”を眩しいぐらいに輝いて生きています。そして、私に”強さ”を教えてくれました。彼女が教えてくれた強さを胸に、私も彼女のように強く生きたいです。