2006年 全日本スポーツカー耐久選手権
JAPAN LE MANS CHALLENGE 第3戦 岡山国際サーキット
LMGT2クラス優勝 SUNBURST RUSH
プロローグ
2006年 10月29日 岡山国際サーキットにて、全日本スポーツカー耐久選手権(通称:JAPAN LEMANS CHALLENGE)が、開催されました。このレースにかけた、TEAM 930RUSHの物語です。レースの舞台裏すべてを公開します!
華やかで、かっこいいレースの世界。こんな、ポンコツなレース挑戦が、あったんです! ところが結果は・・・総合8位、LMGT2クラス優勝というとんでもない快挙だったのでびっくり!!です。
あまりにも少ない予算と、人員。全日本選手権という、プロドライバーの活躍するビッグレースに参戦するには、すさまじく頼りない旧式車両。7時間のレース、予選、決勝で使用出来るタイヤ3セットしかない。(もちろんレインタイヤなんて、想定外:なしです)こんな、貧弱なチームの シロートドライバー3人と、いけてるチームクルーの熱い、スポコン物語です。
チームも、メカニックも、ドライバーも、ビッグレース参戦経験も無い、アマチュアの奮闘により、勝ち得た結果です。ただのラッキー、まぐれ、運が良かっただけ・・・と言われると、その通り!です。我々の車両とチームが、参戦出来るという事すら、ありえないのに、こんな大舞台で優勝しちゃうなんて・・・!まさに、スポコンムービー!
ピット設営!

全日本スポーツカー耐久選手権レースウィーク初日
10月25日(木曜日)まずは、 木曜日~金曜日にわたり、ピットの設営から始まりました。それぞれが日勤の仕事を終えてから集まり、これからの3日間、我々の戦いの舞台となるピットを作り上げます。もちろんドライバーもお手伝いです。


同時進行で、オートエンジニアリングのメカニックによる、車両整備も始まりました。この日は、エアリストラクターの装着、ブレーキ、オイル等、消耗品の交換等、手を休める事無く、淡々と準備が進められて行きます。壁には、ビニールシートで幕をはり、機材は、すべてあちこちからレンタルしてきました。ピットの設営と車両整備が程よく終わったのは、深夜1:00頃でした。私たちがこれから3日間の戦いを過ごす、本陣の環境がこの1日で、ほぼ整備されました。


翌朝、明るくなる前から準備は始まりました。 ある意味~痛々しいさの残る・・・ 手作りのキャノピーをコンクリートウォールに設置し、看板を設置しました。RUSHの看板が掲げられると、俄然やる気が出てきました。知恵をしぼってひとつひとつ仕上げた、TEAM 930RUSHのピットの完成です。


セッティング&テストラン


2日目は、テスト走行と、車両のセッティングを行いました。
10月26日(金曜日):晴天に恵まれた2日目は、90分間テスト走行が2枠あり、車両のセッティングを行いました。TEAM 930RUSHは、一番乗りに近い状態で、準備をしていたですが、テスト走行が始まる頃には、さすがに、他チームのピットもほどほど完成しました。全日本選手権とあって、ピット裏にはトランポが並び、各ガレージとも、外からは見にくくなっていて、我々がいつも参加しているオープンな雰囲気の地方戦とは違う空気が流れています。シークレットな雰囲気の中で、参加車両も、ふだん見慣れたポルシェばかりではなく、カラーリングも鮮やかでかっこいいザイテック、無限、をはじめとした、プロトタイプカーや、フェラーリ、ランボルギーニ、といったスーパーな車両ばかりです。目新しくて新鮮な感じで、これから、この中に混じってレースするんだと思うと、ウキウキと血が騒ぎます。






どれもスポンサーカラーに彩られ、かっこいい車両ばかりです。いいのかな~?不安もいっぱいです。こんなすごい車両に混ざって、最初は、邪魔にならないようになんて、引き気味でした。いよいよRUSH号も走行開始です。この日、車両セッティングのメインとなったのは、乾選手でした。彼のセッテイング能力は、我々の中では最もすぐれていて、オートエンジニアリングの山城社長とコンビを組み、どんどん車両を仕上げていきました。まずは、バネレートの変更フロントが26kg/mmに変更され、ショックアブソーバー、スタビライザーと調整を加えていきます。3人のドライバーが、みんな乗りやすくなるように、進化させてくれています。続いて、垣内選手の走行です。彼は、ポルシェにまだあまりなれていないので、この日は、なれる事に終始しました。最初は、ゆっくりでしたが、練習終了近くには、頼もしい事に、誰とも遜色ないタイムを刻めるようになっていました。この日約3時間(90ラップ)を走行し、ノートラブルでテスト走行を終えることができました。全開走行で、サーキットを攻めるRUSH号を外から見るなんてことが無かったので、新鮮な感じです。RUSH号と、他の2人の選手が、堂々と渡り合って走行している姿は、いままでの不安を吹き飛ばすような、安心感と力強さを感じずにはいられず、頼もしい仲間とレースしてる喜びを感じました。


セッティング中もレースの舞台裏では、いろんな試練が待ち構えていました。チームのプロディースも兼任している私は、全日本選手権に対する認識の甘さで、この日発覚した国際格式の競技会に参加する、ドライバーは、必ず用意しなければならない、メディカルサーティフィケイト(国際ドライバーライセンス取得者が、携帯する事を義務付けられていて、事前に用意しなければならなかった)を急遽取得しなければならない事になりました。さあたいへん! はっきり言って、存在自体を全く知りませんでしたから・・・。要するに、選手が健康でレースに出ても差し支えない状態だ!という医師による証明です。私自身が医師なのですが、当然、自身での記載は不可でしたので、大阪の友人医師に頼み込んで、ファックスで書類を作成し、本書は、後日郵送するという事で決着つきました。ほっと一息ついている間もなく、次は、監督会議への代理出席です。本日、仕事の都合で不在の井上監督に変わっての出席です。




ここには、F1解説でおなじみの森脇監督や、レース界の重鎮が多数参加しておられました。雑談に近い会議でしたが、ルマン24時間レースの組織委員(フランス人)による、レースのルール説明などが行われ、それぞれのチームが、少しでも有利にレースを進めようと、激しい積極的な主張を繰り広げていました。楽しくやろうという、アマチュアの世界とは違い、絶対勝ちにいくという、プロのレースの厳しさをかいま見た感じがしました。



明日から予選が始まるというにもかかわらず、車両のここを改良しろとか、リストラクターの径変更を言い渡されたりと、無理難題を持ちかけられます。その都度、JAFの審査員との摂政がはじまります。無理な事は無理だと主張すれば、抜け道的な策を講じて特認してくれるようです。例えば、ロールゲージの径が、41mm以上必要なんですが、今からゲージすべてを取り替える訳にはいきません。そこで、○○年、○○レース車両規定に準じて制作された車両であるという証明をだしてもらい、今回は特認するという書類を作ってもらうと言った感じです。・・・RUSH号をこの大舞台にあげるための努力は、並大抵のものではありません。場違いな車両ですから、右も左もわからない、頼る人もなし、主催者から送られてきた、書類と、毎日発表されるブルテンを頼りに、関係者を捕まえて地道な相談を繰り返すしかありません。地味ながら、次から次へと増えていく雑用に翻弄され、いくつもの書類を制作し、ようやく参加出来るという正式な発表がブルテンに乗ったのは、この日の午後になってからでした。私は、雑用に終われ、ほとんど走る事ができませんでした。
ルマンチャレンヂという名前と、準国際格式のレースという事もあり、外国人のメディアも、ちらほら見受けられました。アメリカのモータースポーツ誌が、世界のレースカーの取材をしていて、Motorsport Research GroupのJanos Wimpffen, Ph.D.から、RUSH号に興味を持ち、記事を書きたいので、シャーシナンバーを教てくれって言ってました。(後日メールで知らせました。)


いよいよ、明日から予選です・・・。
TEAM 930RUSH物語 :ルマンチャッレンヂ参戦までの物語 も合わせてご覧ください↓。
