今日は第二次世界大戦の「戦勝記念日」で、旧ソ連時代からの祭日。旧ソ連にとっての第二次世界大戦はヒトラー率いるドイツとの戦いで、ドイツ降伏の翌日に終戦を迎えた。広い国土が戦場となり、女性や子供も巻き込んだ総力戦で、2千万人が犠牲になったと言われている。テレビのロシアチャンネルで国を挙げて各地で追悼行事が行われている模様が報道されている。
最近、いろんな国の人に間違われることが多くなった。ここ、ウズベキスタンには韓国系の人たちがたくさん住んでいる。日本人は100人位しかいない。現地に住む韓国人と日本人は見た目は同じに見えるが雰囲気が違うせいか、現地人によく「あなたはどこから来たんだい?」と質問される。
まず初めに「韓国人か?」、次に「中国人か?」と訊かれる。「日本人だよ」というと「おぉ〜、そうか!」と、大体の人が感嘆の声を上げる。日本人は少ないので、日本人に会うのは、とても珍しいことのように現地の人は思っている。親日家が多い理由は、戦後の経済復興を短期間で成し得て、あっという間に先進国の仲間入りをした日本という国に憧れの思いがあるらしいからだ。自分たちの国、ウズベキスタンも’91年の独立以降、日本のように復興を遂げたいとウズベクの人たちは思っているが…、ん〜、ウズベクの人たちの国民性からいうと日本のようにはいかないでしょう…。ウズベク人の誇り高さに加え、旧ソ連統治前までの世代が絶えそうなぐらい長い間、旧ソ連時代の思想を植えつけられたこの国は、遅々として発展が進まないこの国に援助の手を差し伸べたアメリカを初め、ヨーロッパの国々など、次々と撤退していったのが現実だ。観光だけで訪れてこの国を通り過ぎるなら、いろいろな旅行の思い出を持って去ることができると思う。ある意味、鎖国状態。能力を生かした職につけない、政治がクリアーじゃないとか、給料がもの凄く安い、なによりも残念に思うのは若い人たちが夢や希望を持って生きにくい等、問題は沢山ある国だが、世界の情報を知らなくて、ウズベキスタンだけで生きていくならば幸福を感じて生きられるかもしれない…と時々思う。
話を戻して…
昨日バザールへ買い物にいったら店の人からいきなり「あなたはアルゼンチン人か?」と言われた。”どうみても私は西欧とかラテン系の顔はしてないよ…”と思った。少し前には「ヴェトナム人か?」と言われた。私はロシア語隊員だが、ウズベク語隊員である同期はウズベキスタン着任早々から地元人にウズベク語で道を尋ねられてウズベク語で応えていた。タイで仕事をした経験のある彼女は「タイでもそうだったけど、よく現地人にまちがわれるんだよね…」とポツリと言った。もう一人の同期は「アメリカ人か?」と尋ねられたと。私たちは最近、いろんな国籍の人に見られるようだ。