建築夜学校2008 第2夜
 
 二回目となる今回のシンポジウム、テーマはショッピングモールとローカルシティだ。
個人的に、ショッピングモール・タワーレジデンスを議論していただくにあたって建築家や学者の皆さんにはその未来像だとか周辺地域の変容・危機感などかなり具体的なところを聞きたかった。というのも、ここ10数年で台頭して来たものに対してその未来はまだ保証できないし、これに流行ものという言葉を与えてもまだ説得力があるように思う。先週山梨さんがおっしゃったように、これはいわば日本の経済状況の映し鏡のようなものであり、さらに経済の動向などはもはや崇高なものでもあり先は読めない。これから起こりうる恐慌等も誰もわからないというのが現状であろう。
もっと大きな視点で見ればそれらは社会的ニーズに支えられ、そのニーズはかなりミーハーなものであると言えると思う。世界中で人々が携帯電話をこぞって所有し、同じようにipodに群がる。前者はそれがないとスピードについていけない社会になってしまった、というのが現状である。ツールとしての重要度は劣るものの、もしディスクによる音楽購買が廃止されネットによる販売のみになったとしたら同じ事である。今の郊外におけるショッピングモールはそれと同じで、それが提供する仮想の都市(それは操作されている)に人々が群がっているようなもので、人のいないショッピングモールには行こうと思わないだろう。居心地のよい空間、とは言っても匿名性が出てくるほど大量の歩行者を目の前においたかなり圧迫された場所にも関わらずそこで楽しそうにしている利用者は、買い物よりその賑やかさを楽しんでいるとしか思えない。筆者は船橋のららぽーとで休日等に行われるイベントの管理をする仕事をしたことがあるが、毎週決まって同じ利用客が集まる。都心部に出なくても混み合って賑やかな環境を味わえる、それが利用者の正直な心理なのではないか。そんな仮想都市を創り出している郊外大型ショッピングセンターには名前にシティやタウンと名付けられている。携帯電話はストックと言えるだろうか、郊外ショッピングモールはストックになるのだろうか。
今回のシンポジウムにおけるテーマで語りたかったであろう作家性をもってショッピングモールに真っ向から挑むということを実際にやってのけたのが中村竜治さんだ。ショッピングモール内の角地(これも都市的な呼び方になっている)に15,000個の眼鏡のためのディスプレイをつくる。ショッピングモール側からも視線が抜けるようなものにするよう申し出があった。これは地域のコンテクストを読まずしてそれが自発的に要求して来た、つまりこの仮想都市は操られている証拠である。かなり作家性を持って手掛けたディスプレイであったが予期せず”売れる”空間が作れたという事で今回の中村さんの存在はこのテーマにおいて非の打ち所の無いものではなかっただろうか。
しかし、それでも郊外ショッピングモールが生み出す負の要素は払拭できない。岩佐さんの言うように地域がインドア化している状況は、東京に住む私の個人的な意見かもしれないが、非常に閉鎖的なんて狭い世界に彼らは落ち着いているのだろうと思ってしまう。作家が考えるべきなのはショッピングモールそのものではなく、その地域の人々の生活の在り方なのではないか。つまり考えるべき未来があるショッピングモール、それに群がる人々の未来の生活も考えなければならない。IC基盤に例えられたインドア化した郊外地域、その車の向かう先であるショッピングモールが無くなったとしても彼らはまた別の居場所を見つけるのであろうか。居心地の良いショッピング空間の次は、もはやベッドやテーブルの並ぶ第2の寝空間として設備を整えたIKEAが台頭してくるかもしれない。
もしそういったショッピングモールのたぐいが第二の居住空間としてあり続けそれがストックになるのならば、その周辺の地域にはもはや仮設的な住宅が与えられてもその機能は不十分ではないかもしれない。ショッピングモールにほど近く車も止められる住宅やら集合住宅にかなり安あがりに住む。寝る場所と倉庫さえあればいい。そういったニーズも今あるのではないだろうか。生活の中心に車内空間を定義し、その動線の両端に仮想の居空間つまりショッピングモールと仮設的な住まいをおく。そんな住み方も在り得なくはないし、理論としてそれはもうこの現状を言っているだけの事かもしれない。
現代はさらに都市の分散が顕著になっているように思う。小さな仮想の都市が都心にも郊外にも現れ、それを待ち望んでいたかのように人々は賑やかさを求める心理によってそこに群がる。都市全体から見てそれらを含めたネガとポジを反転させた時何が起きるだろうか。仮想の都市は非常に広いものとなり、今までそれがあったところには余白ができる。人々は分散され、賑やかさを求めてさまよう。結局その余白に流行のものが置かれ人が群がり、設備が整い仮想都市が生まれる。地域住民も都市住民もいわゆるミーハーである事を前提に考えると、ショッピングモールはストックなのかもしれない。
 
    日本大学理工学部建築学科2年   中井 翔也
 
2008年10月9日木曜日