ー彼はサロンの女主人のもとに生まれた。
ー彼はそこで流れている歌を憶え、鼻歌を歌うようになった。
ーごく自然な時の流れは、彼を表現者へと育てた。
ーそして彼は唄うのだ。
ー酒場に流れる歌。
うつろう時に埋もれること無く、幾多の時代の才能達の手垢にまみれ、万人の
想いを映せる鏡の様に磨かれてきた歌を。
ネロこと、戸川尚作が持つ「蒼色の遺伝子」。ここにはまぎれもない「歌」がある。
ここは、孤独な都会の喧噪からは遠く離れた、まるで別世界の様に薄暗く、人々が蠢く部屋の中。夜な夜な繰り広げられる、儚くも妖しい乱反射の輝きに満ちた夜会、そして、そこに集う人々...。ここは、世に聞くLAST CHANCE CABARET....。
ある時は青い部屋の代表にしてプロデューサー、またある時はバンドのギタリスト...果たしてその実体は?それは、蒼色の遺伝子を受け継ぐ唄い手"ネロ"である。
今年でオープン39年目を迎えるサロン、青い部屋。2000年からはより幅広いパフォーマー/アーティストのための開かれた空間、いわゆる「文化サロン」としての機能を果たしている。そのリニューアルから現在まで、常に時代の半歩先を歩く青い部屋の水先案内人を勤めて来た彼は、同時にシンガー、パフォーマーとして己の才能に磨きをかけ、エネルギーを貯め込んでいたようだ。
2006年に入り、自身の企画するイヴェント「黒薔薇CAT WALK」を中心に、それまで子守唄代わりに聴いて来たシャンソンを改めて自らの表現の中心に据えたライヴを展開するようになった。イヴェント自体が徐々に評判を呼び、春には戸川昌子の片腕とも言われるピアニスト、中上加代子とともにレコーディング・セッションを開始。閉店後の青い部屋ではその日、これ迄先人らの残した歴史の残り香の如きオーラを吸い込み演奏されたライヴ音源をもとに本作「悪の彼方に」が完成した。
スリリングかつダーク、そしてエロティックな彼のパフォーマンスそのままに、最小限の演奏をバックに歌われ、語られる7つの物語...。その独自の世界観と美学はメロディーやメッセージの喪失が叫ばれる現在(いま)こそ、新たな意味を持つのではないだろうか?そのことをネロは激しく、そして美しく問いかけて来る。
シャンソンは大人のものではない。ましてや子供のものでもない。それはただ”歌”である。と同時に、それは世の中にはびこる多くのタブーの向こう側に存在する真実を求め続ける者にのみ与えられる、最高のご褒美なのだ。”歌”と真剣に戯れ、残酷に遊ぶネロの本作を聴けば、みなさんにもきっと分かってもらえるだろう。
是非とも、1ページづつ小説を読み進めるように、ここに集った曲たちを味わって欲しい。