自分の足を食らう日本の司教たち
 
▽キリスト教の影響を受けた教育勅語
 
 通俗的な歴史理解では、教育勅語といえば、戦前の非民主的教育のシンボルとされています。古くさい道徳の固まりのように思われ、敬遠されがちです。
 
 ところが、去年でしたか、ごく内輪の勉強会で、教育問題にくわしい某大学の名誉教授から、「教育勅語にはキリスト教精神が含まれている」と聞いて、俄然、興味を持ちました。
 
 そして、つい先日、当メルマガの読者でもある軍事評論家の先生から、「聖書と教育勅語」をテーマにした雑誌記事がある、と教えられました。読んでみて、びっくりでした。
 
 記事は「歴史研究」(歴研)の昨年10月号に載った内ヶ崎晴男さんが書いた、わずか3ページのものです。内ヶ崎さんはどうやら仙台にお住まいの郷土史家のようです。
 
▽イギリスで絶賛された講演
 
 ポイントは、教育勅語が明治末のイギリスで絶賛された、ということと、聖書の記述との近似性、の2点です。
 
 まず一点目ですが、記事によると、1907(明治40)年にロンドン大学で、菊池大麓男爵が日本の教育をテーマに講演しました。男爵は東京帝国大学総長、学習院院長、京都帝国大学総長、理化学研究所初代所長などを歴任した数学者・教育学者です。
 
 講演はロンドン大学の要請によるもので、男爵は教育勅語の英訳を会場で配り、その講演は大好評を博したというのです。
 
 翌年にはやはりロンドン大学で第一回国際道徳教育会議が開かれ、各国から教育行政の関係者などが1800人が参加し、日本政府を代表して教育者で数学者の北条時敬が教育勅語について演説し、賞賛されたのでした。
 
 具体的に何が評価されたのか、内ヶ崎さんの記事ではよく分かりませんが、「西洋人の理解できない方法で、教育の真義と目的を解明した」と新聞が論評し、「イギリスでは単独の冊子として出版された」ようです。
 
▽知っていて追放したGHQ?
 
 2点目の聖書の記述との近似性ですが、内ヶ崎さんはいくつかの事例を上げています。ただし、例示されているのは、父母への孝行、夫婦間の和合、謙虚さといった古今東西に共通した徳目です。
 
 私が名誉教授から聞いて関心を持ったのは、教育勅語にある「兄弟(けいてい)に友(ゆう)に」が日本古来の徳というより、明らかにキリスト教の影響を受けている、と指摘されたからですが、内ヶ崎さんの記事には言及がありません。
 
 ともかくも、以上のような歴史があるとすれば、しかもアメリカでも教育勅語の講演が行われたというのですから、敗戦後、日本を占領したGHQが教育勅語の価値を知らなかったはずはありません。
 
 ところが、GHQは教育勅語の排除に取り組み、昭和21年には学校行事での奉読が禁じられ、教育基本法制定の翌年には衆参両院でそれぞれ「排除」および「失効確認」の決議がなされ、その結果、歴史の表舞台から追放されたのです。
 
 内ヶ崎さんは、教育勅語が最高の教育箴言であることをGHQは知っていた。だからこそ失効・排除まで手をゆるめなかった、というのですが、日本の民主化を目指し、キリスト教の布教にも熱心だったはずのGHQが、キリスト教徳目とも共通する教育勅語を追放して、いったい何をしたかったのでしょうか。
 
▽キリスト教的でない教育基本法改正批判
 
 同じような矛盾は、現代日本のカトリック指導者にも共通します。
 
 近年の教育基本法改正に際して、司教様方は「改定」は「とうてい受け入れられない」と真っ向から反対しましたが、そこには次のような「伝統」批判も含まれていました。
 
 ── 改定案の「伝統」の文言は意味があいまいで、思想・良心・信教の自由が侵される危険もある。戦前は神社拝礼が国民的儀礼としてキリスト教徒にも強要された。歴史の反省から生まれた戦後の政教分離原則を緩和しようとする動きがあることを考え合わせると、「伝統」の文言は神社参拝強要の危険性をはらんでいる。
 
 当メルマガで何度も書いてきたように、ありもしない「迫害・弾圧」を言い募る、司教様方の戦前・戦中史批判には、怨念のような強いこだわりさえ感じさせますが、歴史論を持ち出す教育基本法改正批判はきわめてキリスト教的でないのです。
 
 というのも、戦後の旧・教育基本法は、田中耕太郎ほかキリスト教人脈の中で制定されたもので、当然、理念的にキリスト教の影響を受けていましたが、一方で、明治の教育勅語の否定ではなく、その存在を前提として制定されたからです。
 
 そして旧・教育基本法ばかりでなく、教育勅語もまたキリスト教精神を踏まえていたのだとすれば、教育基本法改正に猛反対した司教様方はまさに自分の足を食らうタコだったということになります。なぜそんな愚かなことを、高位聖職者がしなければならないのでしょうか。
 
 司教様方の教育基本法改正運動について詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。
 
 
平成20年5月9日金曜日