八郎湖と長良川に見る
ゲート開放の可能性
1987年8月、秋田県八郎湖において日本海と湖を遮断している防潮水門が、約1ヶ月あまり開放されたことがある。その後、八郎湖ではヤマトシジミの大量繁殖が確認され、地元漁業は一気に活気づいた。この事例は、長良川河口堰をはじめ淡水化のために設けられた全国各地の河口堰や水門に対し、ゲート開放による漁場回復の可能性を投げかけている。
八郎湖に見るシジミの大量発生
「シジミが確認されたのが平成元年。県の専門家がそれを発見したんです。『シジミが大量にいる』と。私らも実際にそれを見るまでは、嘘じゃないかと思ってたくらいですよ」
かつてヤマトシジミ有数の産地として知られていた秋田県八郎湖(八郎潟)。今でこそシジミを獲る漁師の姿は見られないが、一時期、豊漁で“シジミ御殿が建った” などと噂されるほど大賑わいになったことがある。
八郎湖増殖漁業協同組合の組合長、櫻庭長治郎さんによれば、それはまさにシジミが“湧く”といった具合。 当時は1艘の舟で1日に平均約1tものシジミが水揚げされたというのだ。
ただし「家を建てた漁師はいませんでしたよ(笑)。舟を買った漁師はいたようですが、カネがあるとすぐ使いたくなってしまうんでしょう。だからあの頃、流行ったのは地元の飲み屋だったね」
その賑わいも長くは続かなかった。シジミの豊漁が続いたのはわずか5年間あまり。突然湧いて、シジミ漁が始まると途端にいなくなった、という印象が強いという。もともと八郎湖のシジミは干拓以来絶滅状態が続き、豊漁の5年間は偶発的な出来事によるものだったからだ。
八郎湖の干拓事業が始まったのは1957年(昭和32年)。干拓と同時に漁獲高は激減し、現在の漁業はワカサギを主体に、小規模ながら辛うじて存続されている状態が続いている。 ところがその間、シジミの大量発生という、地元漁師にとって夢のような5年間が通り過ぎたことは事実。それは防潮水門のゲートが一定期間、開放されたことが発端だった。
1987年(昭和62年)の8月から9月にかけての約ひと月、八郎湖を淡水化するために設けられていた防潮水門が、改修工事のため開放されたのだ。そしてゲート開放に合わせるかのように台風が接近。おかげで大量の海水が八郎湖へと流れ込んだ。
「八郎湖は干拓以来、防潮水門が閉められて淡水になったことで、見る見るうちに水質が悪化していきました。例年、夏になるとアオコが発生していたほどなんです。ところが、わずか一ヶ月あまりゲートを開放しただけで、その後10年間はアオコの大量発生が見られなかったんです」
海水が水質浄化の役割を果たしたのだ。この時、櫻庭組合長は干拓前の八郎湖を思い浮かべたという。水質がいくらか改善されたことで、かつての八郎湖に近づいた気がしたのだ。
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八郎湖を淡水化している防潮水門。1987年8月、この水門のうちゲート2門が約1ヶ月間、改修工事のため開放されたことがある。その後、ヤマトシジミの大量繁殖が確認された