アンナは、家族のなかでは、芸能リポーターとしての才能をかわれている。芸能人の人生は、関係のない者でも伺い知ることができ、人間探求の格好の教材となるからだ。そして、かなりミーハーなアンナは、好奇心もあいまって、ゴシップに関しては、記憶力は抜群である。一度聞いたり、見たり、読んだりした芸能関係の記事を忘れることはない。この才能が、学校の勉強で生かされた事が無いのは、非常に残念だ。
 
北米では、“People”または、”Star”という大衆芸能週刊誌が、いつも芸能界のゴシップを大判のカラー写真で特集しているので、スーパーに行く度に、吸い寄せられるように購入する。近年目につくのは、女性が年上の年の差カップルの記事で、それは以前からあったが、デミ・ムーアが、一昨年16歳年下の超かっこいい人気俳優と結婚してから、更にエスカレートしてきたようだ。デミ・ムーアは、アンナも大好きな俳優で、ほとんどの出演映画を観たり、ビデオを買って繰り返し鑑賞したりしている。
 
デミ・ムーアは、1962年11月11日生まれ。16歳の時、スターをめざして高校を中退し、モデルをしながらチャンスを待った。数本の映画に出演している時、ブルース・ウィリスに出会い、1987年に二人は結婚。デミが、25歳、ブルースが32歳だった。二人とも知名度はあったが、まだ決定的なヒットが無い頃に結婚した。デミ・ムーアは、清純な眼差し、知的な表情、そしてグラマラスな体で、1990年にあの有名な映画「ゴースト」で一挙にスターダムにのし上がった。一方西ドイツでドイツ人両親の間に1955年3月19日に生まれ、二歳のときアメリカに渡ったブルース・ウィリスも、1980年にデビュー。1988年にアクション映画「ダイハード」でブレイクし、世界的なヒットでハリウッドの頂点に立った。
 
二人は、三人の女の子を得て、13年間結婚生活を続けたが、2000年に離婚した。二人は仲が良いが、お互いを束縛せずにもっと自由にいたいということで、離婚に踏み切ったそうだ。ブルースは、その後も常に娘達と交流し、デミ・ムーアのことも大切にして、友情ある関係を続けて来た。デミ・ムーアは、一年一作の割で映画に出演し、三人の娘を育てる時間を作った。その間に女子中学生や女子高校生のサマーキャンプを企画支援して、女子の自尊心とリーダーシップを育てるプログラム等で社会活動もする非常に頭の切れる女性だ。
デミは、ハリウッドには、女性が主人公になる良い映画が無いといっていた。
 
離婚したころ、デミ・ムーアは、テレビ出演で、その番組の若い司会者で全米の人気者だった、アシュトン・カッチャーと出会った。デミ・ムーアは、全く意識しなかったし、アシュトンもデミの映画経歴をあまり知らなかったという。しかしアシュトンは、デミに会ったとき、稲妻が走ったようにデミに釘付けとなり、以後何度もモーションをかけて、デミ・ムーアとのデートにこぎ着けた。
デミ41歳、アシュトン25歳の時だ。それから二人は交際を始め、デミの三人の娘達にも歓迎され、元夫のブルース・ウィリスもその家族と一緒という光景がいつもゴシップ記事に興味本位で掲載されていた。
 
当初、雑誌も世論もおそらく、若いアシュトンの一時の遊び、または若気の至り、くらいの扱いだった。しかし、アシュトンのまじめな態度、そして熱意ある愛情表現、たとえば、デミ・ムーアの家族の家に近い場所に、アシュトンとデミの二人の豪華な家を購入して、デミがいつでもそこで休養をとれるようにプレゼントしたり、デミの三人娘にもママの恋人として、いつも温かく接してきた。ブルースとも友情を育み、ブルースも一緒に家族のような写真、つまりデミ、ブルース、三人娘、アシュトンの五人の写真が、頻繁に載るようになって、人々は、この家族関係に何か違うものがあると好感を持つようになった。
 
そういう賢明な行動ができたのも、アシュトンが育った家庭で、義理の父親と実の母親が、喧嘩をすると全く口をきかないような体験をしていたから、そんな馬鹿げたことはしたくないと思っていた、とインタビューに答えている。それに、アシュトンはデミと16歳違うが、十分な経済力をもっているから、デミに愛を告白したのだ。自分を良く知っている証拠だ。
一方ブルースは、明らかにまだデミを大切に思っている様子であり、三人娘をこよなく愛して、長女とは映画を共演したりしている。アシュトンは、デミをこころから愛しているので、デミが望むような生活を最優先させている。二人の男性は、デミに対して、外見の美しさだけではなく、彼女の才能と人格をこころの底から尊敬しているからこそ、このような態度になるのだと思う。そのような、和やかな、稀な、そしてとても素敵な家族という印象が強まるにつれ、人々は、この二人のカップルは、本物だと思い始めた。
 
そして、満を持して、2005年9月、二人は結婚式を挙げた。その結婚式は、彼らの私邸で百人程招待して、ささやかな極秘結婚式だった、と芸能雑誌“People”でスクープされていた。そこには、デミの娘三人と元夫ブルース・ウィリスが出席しており、これまでにない家族の形に、多くの一般人も祝福をした。結婚してからのアシュトンは、三人娘の二人目の父親としての責任を立派に果たしているのが、更に好感をもたれる理由となっている。
以来デミとアシュトンのツーショットは、北米の人々、特に女性達の羨望の的となっている。強い目力を持ち、強い女と見られているデミが、アシュトンを見る目は、若々しく可愛い女性そのままで、お互いに信頼に満ちた様子は、写真を見るだけでも幸福になるような光景だ。
 
アシュトンは、年々老成度が増して、えもいわれぬかっこいい男、クールさが最高潮になっているのだ。老成といっても、若さはそのままはつらつとしており、アシュトンの眼差しは、ここ数年、知性、強さ、優しさ、責任感が更に輝き、その年齢とは思えない成熟感がある。彼は、1978年2月7日生まれ。米アイオワ出身。キョウダイは、姉一人と双子の弟が一人いる。その弟の病気のことから、アイオワ大学で生化学を専攻したが、1997年に弟の病院の治療費と自分の学費を稼ぐためにモデルを始めた。その後大学を中退した。そしてテレビ番組に抜擢されて活躍を始めた。天性のかっこいいルックスと知性、大スターとしてのオーラと表情、そして何よりも深い理解力による責任ある態度は、たちまち米国民を虜にした。
 
デミとアシュトンの交際と結婚は、お互いが自由の身である時から進展したことに、大切なポイントがあると思う。不倫は、それをしている本人同士も、そしてお互いの家族をも騙してすることだから、人間が、自己の人格を高めることを目標として生きているとすれば、決して人格を高めないばかりか、品格が下がるだろう。結婚は、お互いがお互いを独占します、と公にする約束事だから、不倫は明らかに約束違反であり、裏切りになるから品が落ちるのだと思う。
そういう意味で、デミとアシュトンと元夫のブルースの関係は、何よりも三人の人格が、
バランスがとれて本当の大人であることを意味していると思う。
 
日本では、今週ある芸能人カップルの結婚式が、最近珍しい程派手にテレビで全国放送された。その結婚式は、驚くほど新郎新婦の個人情報が流されていた。アンナが陰ながら応援していた女優の藤原紀香の結婚式だ。一応芸能リポーター気取りのアンナの意見としては、グラマラスな容姿、日本人離れした美人、背が高くて賢い、という長所だらけの女性は、なかなかスターダムに登れないのが、日本社会という気がする。というよりは、芸能関係、報道関係全て男性が取り仕切っているから、男性社会では、男性好みの男性に都合良い女性でないと、なかなかスターダムに登りにくいと感じる。
 
たとえば、昔いたシャンソン歌手の越路吹雪。彼女はフランス人女性の雰囲気、堂々としたルックス、才能と表現力全てが、日本人離れしていた。しかし、彼女は「本当は気が弱いかわいい女性」とアピールしていた。その才能と表現力とルックスならば、もっともっとビッグなスターになったと思うが、なかなか彼女の才能を十分に花咲かせる企画はないままだった。
 
日本では、ある程度小柄で、男が御しやすい控えめで優しい性格にみえないと、大スターにはなかなかなれない。そういう意味で、吉永小百合を例に挙げると納得いくだろう。あれだけ大スターになっても、未だに控えめ、伏し目がち、自己主張があってもあまりしない、いわゆる古いタイプの女性の長所を持っているからこそ、日本の男性社会に受け入れられたのではないだろうか。もちろん美貌、才能、努力、知性、継続力すべてに秀でていることは確かだ。吉永小百合は、日本男性エリートサラリーマン団塊世代の憧れの俳優だ。それは、奥ゆかしく、控えめで、賢く、美しく、小柄だ、といういわゆる「良妻賢母」の条件を満たしていることもあると思う。
 
そう考えると、藤原紀香は、外国に行くしかないかなあ、と勝手にアンナは彼女の将来を考えたりしていたところ、突然の結婚だった。最初は、相手が年下で年収も紀香より数段低く、背も低く、ルックスもまあ普通の吉本興行所属の陣内は、紀香を癒してくれて、いいのかも、と思っていた。ところが、だんだんと流れはおかしくなってきて、紀香は、HPで告白しているが、結婚式の直前には円形脱毛症になるほど、ストレスがあったらしい。
 
結婚式で明らかになったことは、紀香は彼の収入に合わせて、独身で居たときの豪華な住
まいから、小さい新居に引っ越したというではないか。
出ましたよ!日本男性の「男の沽券」ってやつが。なにしろ、陣内は吉本出身だから、式は全てお笑いにされてしまった感があった。結婚式は、五億円かかったといわれており、六百人の招待客だったらしいが、それは、紀香の人気があったからに違いない。しかし殆どは、陣内の「男を立てる」筋書きになっていた。BGMには、アメリカ映画「プリティーウーマン」の主題曲が流れ、お色直しに、藤原紀香は、その映画の女主人公ジュリア・ロバーツが、主人公リチャード・ギアにヘリコプターでオペラに連れて行ってもらう時に着ていた、深紅のイブニングドレスそっくりのものを着用した。それを見た瞬間アンナは思わず、
「間違いましたから〜〜!それは逆でしょう〜〜!陣内が、それを着るのよ〜〜!」と叫
んでいた。
勿論紀香の美しさは、ジュリア・ロバーツに負けていない、想像以上に美しい完璧なものだった。しかし、おかしいではないか。なぜプリティーウーマンに合わせるのか。あの映画のストーリーは、貧しいコールガールが、大金持ちのリチャード・ギアに遂に愛されて、めでたく結婚にこぎつける、という話しだ。なぜ紀香の結婚式で、あの音楽とドレスを使用したのか、理解に苦しむ。吉本流のギャグなのか?しかも陣内は、リチャードギア演じる主人公のパクリなのか、ピアノの弾き語りまでやってのけた。映画では、リチャードギアが、夜中に一人でピアノを弾いて物思いにふける場面があった。 そして、ギアに手をとられてエスコートされるジュリアのように、披露宴の後、陣内に手を取られエスコートされて現れた紀香は、インタビューに答えて、陣内の弾き語りを褒めちぎっていた。その場に居た友人は、ほとんど吉本の芸人だった。
 
女性は、結婚する前も後も、男性を理論的に説得する能力が無いと、男性の思うままに全て進んでしまうことを、知っておくべきだ。紀香と陣内の結婚式なのに、吉本の芸人ばかりが目についた。まるでネタの披露のチャンスとばかり、次々と芸人が出て来て、紀香の高貴で華やかな雰囲気を削ぐような、半裸の芸人まで飛び出した。唯一ダンディーな郷ひろみの歌と踊りだけは、その式には良かった、と思ったのはアンナだけでは無かっただろう。そして司会者によると、紀香は三歩下がって、陣内について行く約束で結婚したから、新居も陣内の収入に合わせて小さくなったという。そんなこと、どうして出来るのか? 
 
こんな話し、以前に聞いたような気がして、よく頭の奥の引き出しを引っ掻き回してみたら、有りました!有りました!それは、日本の皇室の紀宮内親王が、都庁職員に嫁いだ時でした。日本一のお家柄のたった一人の末のお姫様が、両親と二人の兄達がまだ住んでいる、三十数年間慣れ親しんだ広大な敷地の日本一の旧家である実家から、3LDKのマンションに移り住んだ、という時でした。紀香は、まさに、日本の古い古い伝統である「収入こそ、男の価値」というしきたりに従って、自分の経済力を矮小化しなければならなかったのです。
 
紀香の才能、努力、美貌、美しい容姿を考えると、この結婚は、紀香の将来にとって、一体どのような展望があるのだろうと考えた。両親を説き伏せて単身上京し、あっというまに俳優としての地位を築いて来た紀香だから、この結婚がどっちに転んでも、それを自らの栄養として、今後もやりたいことに突き進んで欲しい、と願わずにはいられない。
 
それを思った時、もうひとつの結婚式も思い出した。やはりテレビでその準備期間からの一部始終を放映された、やわらちゃんこと田村亮子の結婚式だ。やわらちゃんの相手の谷選手も、テレビでやわらちゃんをかっこいいと思い好きになり、何度も握手してもらったりして、漸く覚えてもらい、応援し続けて遂に彼女のこころを射止めた。谷選手の素晴らしいところは、結婚前も結婚後も、自分と妻の社会的成功度は、比較にならないほど妻が高いと認識し、女子柔道世界一のタイトルを持つやわらちゃんの才能を、こころから尊敬しているところだ。だから結婚式も彼女の思う通りにしてもらい、それを見ているだけで幸福だと、谷選手は言っていた。やわらちゃんは、小さい時から、柔道に明け暮れ、レジャー等したことが無いから、結婚式のイベントは、彼女の一大レジャーとなった感があった。しかしそれは全て自力で出来ることだった。一体日本女性で、あれだけ好き放題に豪華結婚式を出来る女性はいるだろうか。松田聖子くらいのものだろう。そういう意味では、やわらちゃんは、日本女性に大きな夢を贈ってくれたと思う。
 
日本の結婚制度は、イギリス王室の結婚の形、つまり神の前で誓い合うというやり方を、明治新政府が日本国に導入して始まったものだ。明治天皇自らそれを行い、神道の神社で、神前結婚式を挙げるやり方を、国民にもさせるようになって以来、神前結婚式は、国民皆する行事となった一夫一婦制の法的約束事である。しかし、明治、大正、昭和の時代ならいざ知らず、女性の地位も上がり、収入も得ることが出来る時代になってきた現代では、欧米でも、女性の社会的地位と収入が高いことは、夫達の誇りと自慢の種となるような社会背景が整ってきている。例えば誰もがわかるカップルとして、エリザベス女王夫妻、ブレア首相夫妻、サッチャー元首相夫妻、クリントン元大統領とヒラリー夫人等がその代表でもある。
 
以前アンナは、普段お世話になっている三十代前半のコンピューター技師スコットとその
妻を、カナダの自宅に招待した時、
「スコットの今後の夢は?」
と聞いたら、彼がちょっと上目使いで、茶目っ気たっぷりに妻を見ながら、
「彼女が、将来会社の役員になったら、僕は、仕事を辞めて専業主夫になり、今やっている家庭農園と養鶏をもっと本格的にして、彼女に美味しい新鮮野菜の料理を出してあげること。」
と言ったのが、とても新鮮だった。そして、五歳年上の部長職の妻は、
「がっはっは」と大笑いしながら、
「おや、そんなこと考えてたの。でも新鮮卵や取り立て野菜の君の料理は、本当に美味しいから、それもいいね!」
と答えた。
 
人それぞれが、お互いのありのままを認め、女だから、男だからと枠にはめず、お互いが自由にそして大切に家族として生活ができたら、これ以上の幸福は無いと思う。藤原紀香もいつか自分の収入を、思いっきり夫に自慢できるような、そして、紀香の収入を自分のことのように喜び、尊敬してくれる夫に育てて、楽しい家庭を作っていけば、新しい結婚の形として、きっと日本の女性達もそれに続いて行くだろう、と密かに期待している。
Vol.35『 一歩下がって楽しむ愛? 創造して尊敬し合う愛?
アンナ
出身
長崎県佐世保市生まれ、4歳から18歳まで福島市で過ごす。その後東京在住
最終学歴
大学派遣交換留学生として、ノメンセン大学大学院理論経済学専攻
修士号取得(インドネシア共和国北スマトラ州都メダン市に2年7ヶ月滞在)
現在
1996年より日本とカナダを3ヶ月毎に行き来しながら大学教員をしている
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