Vol.3『いってらっしゃいませ』
日本橋三越に行って来た。服を見たり場所を見たり、というリサーチということで。三越前駅で降りて、地下鉄から繋がっている三越の入り口から入り、目的の階を探そうと各階の案内図を見ていたら、少し離れた所に立っていた三越の制服を着ている女性が「どちらかをお探しですか?」と聞いてくれた。いつもなら、そういう係の人は偽善者っぽい雰囲気が漂っているので避けてしまうのだが、その人はとても感じが良かったので「ギャラリーに行きたいんですが」と言うと、「少々お待ち下さい」と言いながら自分のポケットに入れてある各階の細かい内容が書いてある紙を取り出して調べている。「どちらのギャラリーをお探しですか?本館6階にギャラリーはいくつかございますが」と言うので、私も覗き込んで見てみると、どうやらその場所だったので「あ、ここです」と言う。「それでは、こちらを真っすぐ行って頂きますと右手にエレベーターがございますので、そちらで6階までお越し下さい」「ありがとうございます」と私が言うと、その案内係の女性は少し歩き始めた私の後ろ姿に向かって、「いってらっしゃいませ」と言ったのだ。「いってらっしゃいませ」。ああ〜、なんという温かい響きと笑顔。
ある気鋭ファッションブランドの新入社員研修で、接客方法と自然で心からの笑顔を一週間の合宿で学ぶと聞いたことがある。合宿でのあまりにもハードな笑顔の練習に耐えられなくて、何人も脱落してその会社を辞めてしまうそうだ。心からの笑顔はそれほどに困難な表情だから、それを要求される接客業なので研修の時点で無理だと悟って辞める人は正解だろう。客の心を潤おす笑顔という仕事は、信じられないくらいにうまくいかない事が多い。
「行って来るわ〜。タララ〜」と心の中で言う余裕もなく、エレベーターを目指しながら涙が出そうになった。「いってらっしゃいませ」。
6階のいくつかのギャラリーを見終わった後、店内をブラブラしていると宝石店がならぶ一角に足を踏み入れてしまった。日曜日なのにちょうどお客が誰もいなくて大広間に黒いスーツを着た奇麗なお兄さんお姉さん店員の方ばかり。20〜30店ありそうな宝石ブランドの黄金色の照明が眩しく光り、透明なガラスケースはどこまでも透明に澄んで、宝石たちと三越の店員のお兄さまお姉さまを一層引立てていた。そんな中に、迷い込んだ私の足が3歩入ったその時、3〜4人のお兄さまお姉さまが通り過ぎる私の真横で深々と丁寧なお辞儀をなさる。招かれてもいないし、来たくもない所に足を踏み入れてしまったのに、お辞儀で迎えてくれるとはなんという大胆なもてなし方法。高級宝石なんて買わない人なのに、お辞儀されるなんて滑稽じゃないの?と気恥ずかしい気持ちになるが、終わりのない用事がある中、わざわざ足を運んでくれた人、時間をかけて電車賃もかけてよくぞここまで来てくださった、数多とある選択肢の中で今日はここに来るということを選んで下さったなんて感激です、と私は自分の個展に来てくださる方にいつもこんな風に思うので頭が上がらない気持ちだが、三越もきっとこんな?(っていうか、何十年も前から三越の方が先にこんな風に思っていたことは間違いないが)場違いなガキが来てもお辞儀してくれる店員さん、買い物しない客の気分もリフレッシュさせてくれる、それが本物のつつしんでつかえること、ね?少し休んで行きなさい、気分転換していってはどうですか、お茶入れますよ、と話かけられているかのような雰囲気。
物が溢れかえり、捨てても捨てても無くならない日本社会だから、もう物はなにもいらないよ、とよく聞く。案内係の仕事のひとつ、単なる「お見送り」かもしれないけれど、一瞬すれ違っただけの人の仕事「気」で本当に涙が出そうになった。それは大袈裟じゃなくて、そんな感覚がいつまでもきっと覚えている、心に必要な大切な「もの」。小学生の頃、バスがすれ違う時に運転手さん同士がスッと手を挙げてかわす挨拶にジ〜ンときたものだ。あれには結構沢山の人がジーンと来ていたみたいだけれど、あの時はその感覚が滅多に味わえない貴重な経験のように思えて、バスに乗るとすれ違うバスが通るのを期待していた。運転手さんが曲がり角や交差点などの気をつけなければいけない場所での挨拶では、手がしっかり挙ってなかったから相手が見逃したかも、と心配したり、ラフな運転手さんの時には、もっとしっかり相手の目を見て挨拶してよ、と余計なハラハラをしたものだ。その当時、違うバス会社同士でも挨拶しているのかもチェックしてみたが、結果は忘れてしまった。
「いってらっしゃいませ」。私もあんな風に、服の個展に来てくれた人が帰る時に言いたいな〜と思った。個展をしているギャラリーを後にする時、これから違う店を回ってショッピングする人、どこかへ遊びに行く人、家に帰って仕事がある人、仕事場に戻る人、本屋に行って勉強する人、疲れたから休む人、ご飯を食べに行く人。その人の一日に、その人の人生に「いってらっしゃいませ」っていつも穏やかにただ見送るだけのことが、こんなにも難しい。
「いってらっしゃいませ」と言われて、「はい。行って来ました。ただいま」と戻れるような場所をいくつも持っている人は幸せだね。
いってらっしゃいませ。あなたもわたしもいってらっしゃいませ。ポッキーの宣伝みたいになってしまったけれど、リズムラックラジオのエンディングに使ったら楽しいかも。あなたもわたしもいってらっしゃいませ〜。(自分で自分にも言うのか?という疑問が残るが)
深町 玲
1972 東京生まれ
1974−1979 ジャカルタ在住(インドネシア共和国首都)
1995 桑沢デザイン研究所ドレスデザイン科卒業
1995−2000 インドネシア国立芸術大学留学(工芸科テキスタイル専攻)
現在 ファッションデザイン・パフォーマンスプロデュース・執筆・旅行&イベント企画等
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