近年日本でベストセラーになった「声に出して読みたい日本語」の著者で、質問力、文章力、などの新しい表現でも有名になった明治大学教授の斉藤孝氏は、つぎつぎと新鮮な視点で論じる本を上梓している。2005年に出版された
「上機嫌の作法」(角川書店)という著書も大変興味深い。最初の章「上機嫌の必要性」
から抜粋してみると、
「なんて無意味に機嫌が悪い人がおおいのでしょう。不機嫌にしていることで、メリットがあるのでしょうか?考えてみてください。誰かが気分が良くなったり、もしくは仕事が進んだりするのか。不機嫌ムードを発していることで仕事がうまく進むのであればともかく、実際そんなことがあろうはずがない。くよくよして、むっとして、無気力でいて、何か新しいものが生まれるのでしょうか? 私には、不機嫌さは『なんらかの能力が欠如しているのを覆い隠すため』だとしか考えられません。」
と始まるこの本は、普段人間関係で体験しているが、なぜ?と思っている事を、すっきり
と解明させてくれる。
斉藤氏は、若いときの自らの不機嫌時代を乗り越えて、今は学生から、
「四年間授業を受け続けてきましたが、先生は、常に上機嫌でしたね。私は、そのことにずっと感心していました」
と言われるほど「円滑なコミュニケーションのための手段として、『上機嫌』な状態を自分の『技』にすることにし、上機嫌力を身につけた。逆に、それほど教職にある人間が、上機嫌を維持できないということだ」と書いている。
しかし斉藤氏の長所である上機嫌は、時に仕事の時に扱いやすい人として、軽んじられ、逆に不機嫌な人や無愛想な人には、必要以上に気を使っている人が多い事に気がつき、この本を出版したという。確かに、私達の社会はいつも上機嫌な人に感謝することを忘れており、不機嫌な人に気を使っている気がする。
斉藤氏によれば、「機嫌は人間のトータルな存在が醸し出す雰囲気の問題、本質的な問題」と書いている。そういう雰囲気をもつのは、普通にしていてできるものではなく、機嫌がいい人は、ちゃんと努力して体調、精神状態を日々整える努力をしているからこそ、人に安心感を与えることができるということだ。
そして、不機嫌が許されるのは、赤ん坊か天才だけだという。言葉を話せない赤ん坊は、身体状態を訴える術が、泣いたりむずがったりする表現しかないからやむを得ないが、それも幼児期までだ、と。そして特異な才能をもった天才と呼ばれる人達は、際立った創造をするために社会や状況への不満、苦悩といったものから不快感がでるのは、世間が認めるものだが、凡人である私たちは、不機嫌ではいけない、とある。
先日、アンナのパートナーの仕事仲間のS氏が、久しぶりにデトロイトから訪問してくれた。S氏は、ゴルフもうまいが、社交術も素晴らしく会話も幅広い話題で、常ににこやかに話してくれる。男性ゴルファーとはあまりプレイしないアンナも、S氏が来る時は、大歓迎でゴルフの予約をとって一緒に回る。S氏は、日本の一流企業に勤務していた時に、ニューヨーク勤務になった。仕事も順調になって家族も新しい土地に慣れて暫くそのまま生活できるつもりだったのに、突然の転勤命令が出たそうだ。そのとき本社の人事のあまりの配慮の無さに、その会社に勤務するのが嫌になってしまったそうだ。
そしてご家族と相談した結果、会社を辞めても北米に住み続けたい、ということになった。そこで仕事の関係筋ですぐに就職先が決まり、デトロイトに引っ越しをしたのだ。そういう人生のピンチに出会った時でも、彼は常に機嫌よく話しをする能力の持ち主だ。こんな人をちゃんと使えなかったその会社の上司は、見る目がなかったということだろう。“ジェントルマン”という言葉は、この人のためにある、と思わせる振る舞いが身についている人だ。育ちがいいといってしまえばそれまでだが、にこやかで、常に上機嫌で、礼儀正しくスマートな行動がとれる稀な日本人男性だ。彼は自分の仕事のことばかり話さず、話題が豊富で、どんなことでも相手のことを考えて、会話のキャッチボールができるのがすばらしい。
アンナの元生徒だった女性が、仕事を始めた頃、
「先生、社会に出ると回りは、おじさんが多いですよね。そういう人達は、自分の父親と同じくらいの世代なので、敬意を払って接したいと思うのですが、多くは無愛想か、または自分の過去の自慢話を延々と繰り返して話し続けるんですよ。そんな時聞き手は誰でもいいんだろうなって思ってかなり閉口します。」
と言っていたのを思い出す。
ゴルフクラブでチャンピオンシップ等のイベントがあると、他のゴルフ場とタイアップしてそこでプレイできることが、毎年数回あり、違うゴルフ場でプレイする楽しみもできる。ある時そんな機会を得て、パートナーと二人で40分程ドライブしたところのゴルフ場に行ってプレイした。各ゴルフ場は、花壇や入り口の設計に趣向を凝らしているので、そういう風景をみるのも楽しみのひとつだ。日曜日ということもあり、午前10時からのスタートでのんびりと楽しんでいたら、後ろから一人でプレイしているアジア系の男性が、おそらく他のグループに、「どうぞお先に!(Go ahead!)」といわれてきたのだと思うが、すぐ後ろに来ていた。
前の組が遅い事もあり、14番ホールで一緒になったので、英語で
「こんにちは!」
といい、パートナーが、いつもカナダの人にしてもらっているように、
「ご一緒にされますか?」
と聞いたら、
「ええ」
と言ったので、一緒にすることになった。それはいいが、どうもあいそが無さすぎる。一緒にすることを了解したのに、自己紹介もはばかられるほど、全く知り合うつもりがないようだった。カナダに住んでいたら、こんな仏頂面ではやっていけないのに、と思いながら、こちらは日本語で話していた。聞こえる声だったがその人は、何も言わないので、プレイするときに、
「私たちは、日本からですが、どちらからいらしたのですか?」
とパートナーが聞いた。日本語が聞こえてるのに、何も言わないから韓国人か中国人かと思ったのだ。ところが、
「日本からです」というではないか。ただ一言、それだっけ。
その人は、アンナを全く無視した状態でプレイし続け、ずっと不機嫌状態。むっつりとしている。普通は良いスコアの時は、お互いに誉め合ったり、ナイスパー!とかナイスショット!と声をかけあうのだが、彼はまるで一人でプレイしているような無愛想さだった。どうやらカナダに来て間も無いらしい。
パートナーが気を使って、彼にこの辺のいろいろな情報を話したのだが、全くあいそが無く漸くその悪夢のような不機嫌ムードの5ホールのプレイが終わった。普通別れる時は、お互いの目を見てにこやかに、
「ご一緒できて楽しかったです。本当にありがとう!」
というのも、ゴルフ場のエチケットだが、彼はもそもそとパートナーに言ったが、アンナとは一切目を合わさず、にこりともせず立ち去って行った。あっけにとられたパートナーが、
「誘って大失敗だった!ごめんね、アンナの気分を悪くさせて」
と謝ってくれた。アンナもこんなゴルフ体験はかつて無かったので、本当にびっくりしたり、あきれたりで、最後は笑うしかなかった。前のグループに、“Go ahead!“と言われたのも、恐らく彼が発している不機嫌さでそれらのグループの人達が誘うのを避けたのだろう、と勘ぐってしまったほどだ。いやはや、それほどのすさまじい不機嫌さだったのだ。
斉藤氏の著書に、40〜45歳を過ぎた中年男性は、激しく不機嫌になり、本人がその気
がなくとも、周囲にはそう印象付けてしまう、と書いてある。
世の中を見回してみると、そういうことに気がつく余裕も無く、周囲に不機嫌をまき散らしている人が多いが、そういう人は誠に気の毒だと思う。
先に挙げたデトロイトのS氏はまさに「上機嫌な人」の代表であり、ゴルフ場のくだんの日本人は「不機嫌な人」の代表だ。こんな時は、「上機嫌な人」と接した時の気分の良さだけを記憶して、「不機嫌な人」との体験を忘れ去ることだ。そして、自分もそういう上機嫌な人を見習えるよう、内面と体力を磨いていきたいと思った。
カナダでゴルフをしたり、様々なサークルに入っていると気分がいいのが良くわかり、カナダ社会の成熟度がわかる。マナーが無い人、笑顔が無い人はやはり周囲から好かれないし、リーダーの人がしっかりしているから、そういう人が幅を利かせることも殆どない。リーダーは、自分を良く知っており、またいけないことを笑顔で言いながら、相手にきちんと伝える術をもっている。
ノラは、80歳を超えているが、100名以上いるクラブの女性達の誰もが認めるリーダーであり、人生の先輩だ。それは彼女の気持ちが、常に安定しており、上機嫌ないわゆるレディーであり、相手に言いにくい事でも、必要な時は、にこにこしながらきちんと伝える能力を供えているからだ。エレガントで、小鳥のようにお話するノラは、意志の強い、自分にも厳しい、信頼される人として皆が一目置いている。ノラが言うには、毎日自分がどれだけできるか、計画を立てて、したいことに照準をあて、睡眠、食事、ゴルフ、ジム通い、友達や親戚との交流等を配分しているという。だから高齢とは思えない活力を今も維持しており、クラブの女性達の誇りともなっている。
この体調を整える事についても斉藤氏は、次のように書いている。
「上手に疲れれば、不機嫌は解消されることになります。ですから、上機嫌は自分を上手に、適正量疲れさせることでもあります。上手に疲れるというのは、非常に重要な課題です。」
つまり、人が不機嫌なのは、その人の日常生活の現れてあり、その不満や疲れを八つ当たりのように人に吐き出して、それで自分の不機嫌に気がついてもらい、なんとかかまってもらいたい、というわがままからきていると思う。
その良い例が、家庭で間違った躾を受けた子供が、外で同じくわがままになって、他の人を困らせて迷惑かけるのと似ている。自分自身をきちんとコントロールできないから、当たり散らしているのだ。
斉藤氏が、からだを上機嫌モードにするには、
1、 目を見る。
2、 微笑む。
3、 頷く。
4、 相づちを打つ。
の四つが身体基本原則だと書いている。
カナダでは、スーパーの店員も、誰もが、きちんと目を合わせて微笑んで挨拶をしてくれる。これに慣れると目を合わせない人は、ちょっと変だと気がつく。
この本には、自分が上機嫌になる時と、不機嫌になるときは、どんなパターンかを探り、書き出しなさいとある。そしてトレーニングして上機嫌の技を常に身に付けることを薦めている。一端身につけた上機嫌の技は、内面から尽きる事無く湧き起こってくるものだと説いている。そういえば、気持ちが安定している人は、常に明るく、余裕があり、接していても安心できる。
前述の不機嫌代表の男性は、日本の「超一流」と言われる企業の駐在員らしい。偏差値は高いかもしれないが、教養は知識や記憶力だけでは養えない。熟成した感性、想像力、知力、叡智、情、といった人間だけがもつ総合的な能力だが、「一流企業」という冠を被ってしまうと、自分では何かが欠けているとは思えなくなる人もいるのだろう、と思った。そういう人は誠にお気の毒の極みだ。
S氏のように、常に上機嫌でいるのは、本当は大変な努力がいるということを、知っただけでも良かったと思う。幸いな事にカナダでは、アンナの周囲では、機嫌が悪い人に会う確立が非常に少ない。しかし、滅多に無い危険な地雷を踏んだような超不機嫌に出会ったが、これも笑い話にできるかもしれない。カナダでは、自分を笑い飛ばす人が多く、笑いに満ちている。斉藤氏によれば、上機嫌の技の上級者は、自分を笑い飛ばせることだと言っている。そういう技を身につけて、自由な発想の豊かな人間関係を持ちたいものだ。
そんなことを考えながら、つい昨日は、キャロルと一緒にゴルフをした。その日はキャロルの車が故障したというので、ゴルフ場までアンナの新しい車で送迎をした。二人とも楽しくゴルフを終えて、レモネードを飲んでから駐車場に出た。アンナの車を探したのだが、なかなか見つからない。キャロルが、後ろを振り向いて、
「アンナのは、あの赤い車でしょ?」
と指差した。なんと通り過ぎていたのだ。アンナは、古いほうの車を探していたのだ。大笑いしてそこに戻ったら、他の友人がそれを見ていて笑いながら、
「誰にもこのことは、言わないからね!シ〜〜!」
と言った。キャロルの笑いも止まらなかった。