昨日のことですが、交差点で信号待ちをしていたら、3〜4歳の小さな男の子が、「ママ、これこれ、これ見て」と言いながら、座っている10代後半に見えるママの顔の前で白い花を一輪ヒラヒラさせていた。そのママは、男の子を見もせずに、しかめっ面で横を向きながら、左手でその花を持った男の子の手をはたいた。そうされた男の子は、すぐ隣にあった公共のゴミ箱へその花をちぎって入れた。
大きな交差点ではどこでも、ストリートチルドレンがバイクや車から小銭を貰うために数人たむろしている。花を見せて喜ばせようということをどこで覚えたんだろう。
その子がママを(本当のママかどうかはわからないけれど)楽しませようとした心は、届かないまま違う形へと変化していくのだろうか。良い形へ変化させるには何年かかるのだろう。
上の写真は、ジョグジャカルタのメインストリート、マリオボロ通り。
数え切れないストリートチルドレンがいる。
さっきテレビで、ジャカルタのストリートチルドレンをテレビ局が取材して、3年前から小学校へ行けなくなった女の子(両親が学費と教科書代を支払えなくなったため)が、ユドヨノ大統領に無料で学校へ行けるように求めていた。その交差点では、小学校高学年の女の子がたくさんたむろしていた。真っすぐな眼差しと子供らしい純粋でかわいらしい笑顔が保たれていた。なぜだろう。
ストリートで生活しないで済んだ大人でも、友達や家族に厚意を無下にされたら、癒しと理解とそのがっかりした心を消化したと証明できる行為までたどり着くには時間がかかる。
そういうことを”些細なこと”として気にしないようにできる技も、学校で教えてくれたらいいのにな〜。だってそういうことは、日常茶飯事だしね。でも、小さな時の心にはその”些細なこと”は厳しいね。
インドネシアのとある交差点にいる輝く笑顔の持ち主が、幸せに暮らせるような教育と政府はいつになったら訪れるのだろう。
ストリートチルドレン問題に直接関わっていないのにこんなこと書くのも申し訳ない気持ちだけれど、いつも通る交差点で、あ〜なんだか辛い関係を見てしまったなと思った私にその”些細なこと気にしない教育”がとっても必要っぽい!
あれは些細なことじゃないかもしれないから、些細なことと些細ではないことの区別を教えてくれる教育も必要っぽい!
一応日本での義務教育は終えれたんだから、後は自分で考えるしかないのか。。。
うーーーーむ、難しい問題だ。(って最後はそこにしか辿り着けないっちゅ〜)