六月最初の週末に成田を出発したアンナは、今回ユナイテッド航空でトロントに向かった。12年前にカナダに住み始めた頃は、カナディアン・エアラインという航空会社があり、直行便でその会社のサービスは素晴らしいものだった。その頃から機内では全て禁煙で、タバコ嫌いのアンナとしては、天国のようだった。今では、世界的に常識となったことだが、当時まだ日本では考えられないサービスで誰もが驚いていた。
その良いサービスの会社が、五年目くらいから、エアーカナダに吸収合併されて、残念ながらサービスは、最悪になってしまった。それで航空会社を、アメリカン・エアライン、JAL、ANA、ノースウェストなど試してから、結局ユナイテッドに落ち着いたのは、サービスが理屈に叶って、納得いくものであったからだ。とくに9.11テロ事件以来、世界の航空事情は大きく変化した。
チェックインの時聞いたら、隣が男性だったことから、係の人に、
「お隣の席は、出来れば女性にしてください。長いフライトで隣り合って座るには、女性
同士のほうが、リラックスできるの。わかるでしょ?」とお願いしたら、ちゃんとそれを
聞いてくれた。そういうところが、ユナイテッドは、いつもきちんとしている。
ゆったり横になって映画を見ているうちに、シカゴ空港に到着し、イミグレを終わり、荷物を一度受け取ってからまた改めて預けて、空港内のモノレールに乗って移動した。広いシカゴ空港は、移動に時間がかかる。そしてトロント行きに搭乗する時は、全ての人が上着、靴を脱がされて、パソコンも出させられる。成田はそんなことはしないから、チェックシステムが、まだ最先端ではないということだ。
そして無事トロント行きに搭乗した途端に、雰囲気はがらりと変わりカナダの雰囲気になる。それはスチュワード達が、とっても優しく女性客室乗務員以上に細やかな対応をしてくれるからだ。お隣は、カナダの女性らしく、笑顔で「宜しく」と挨拶してくれた。シカゴからの席もお隣を女性にしてくれていた。
熱い紅茶を飲みながら気持ちのよいフライトで、隣の女性と日本食の話しをしながら、トロントに着き、今回も全て順調だったなあ、と喜んで荷物を取りに行き、ポーターに頼んだら、なんと荷物はまだシカゴから到着していないとのこと。それでポーターには3ドルだけ渡して、荷物クレームの場所に行き、アンナの荷物は、今夜到着とわかった。それで荷物無しで予約済みのリムジンバス乗り場に行き、そこから約1時間15分で、我が家がある町に到着した。この間はぐっすりと睡眠をとるのが、いつものこと。
久しぶりの町は、道路も幅を広げ、トヨタが来るので、活気づいているような感じだ。なつかしい我が家に着き庭にでてみると、暫く留守していたが、留守中芝生の世話をしてくれている庭師のボブが、綺麗にしてくれていた。昨年植えた新しい木々、メープルの木、樫の木と、ライラックの丈が伸び、ちいさいつぼみをつけて、緑が美しかった。
一夜明けて、ユナイテッドからの電話で、今日の午後には荷物が届くとのことで一安心。最初の数日は、ゆっくりと過ごして体調を整える。その間、多くの友達に電話やメールで、
「アンナはカナダに帰って来たわよ〜!」と知らせるのが習慣になっている。ゴルフクラブ、ゾンタクラブ、バドミントンクラブ、チャーチコミュニティー、ダンスクラブ、フィットネスクラブ、と多くの友達の顔が目にうかぶ。
一日目。町で一番大きいスーパーで、買い物をしていたら、友人のスーザンとばったり出会い、アンナの帰国を歓迎してくれて家も近いため、
「お帰りなさ〜い。丁度今夜家族でBBQする予定だから、来ない?」と誘われた。初日で多少の時差ぼけはあるものの、楽しいお誘いには、すぐにのり、午後5時半頃伺った。二人の息子さんがいるそのお宅は、教育熱心の家庭で、上の子供さんは、日本の京都大学と言われている、ウェスタン・オンタリオ大学の医学部生となり、二番目の息子さんは、体育化学に進むためウオータールー大学に進学が決まったところだという。夫のジェームスは、野菜作りと魚釣りが趣味で、食卓にはいつも美味しくて新鮮な魚と野菜がのる。スーザンは、野菜料理がうまく、いつもおすそわけを届けてくれる。その日もたっぷりの野菜と特製のソーセージ、釣れたばかりのマスを出してもてなしてくれた。久しぶりの再会で話題は日本のこと、カナダの教育事情など話しているうちに、時間があっというまに過ぎていった。9時過ぎまで明るい今の時期、帰りには、野菜と花の苗を何種類もいただき、楽しい気分で帰宅した。植物の苗は、アンナが一番喜ぶものだ。
二日目は、留守中家を見回ってくれているキャロル夫妻から、電話があり、
「おかえりなさ〜い!アンナの時差ぼけはどう?もし良かったら、今夜ワインを飲みにこない?」とのお誘い。これも早速お受けして、夫妻の素敵な家に午後8時過ぎに出かけた。一人っ子のお嬢さんは、トロントの大学に行っており、二人だけの生活だが、活動的な二人は、いつも多忙。そんな中、わざわざ時間を取ってくれて、アンナとの再会を喜んでくれる。カナダに来て一番嬉しかったことは、まるで本当のキョウダイのような人々に出会えたことだが、このキャロル夫妻も、本当に特別な存在だ。ゴルフクラブも一緒で、カップルでゴルフ好き、旅行好き、食べ物好き、議論好き、と共通点が多く、行動を一緒にできるから話題はつきず、あっと言う間に時間が経った。彼らは明日お仕事があるので、10時にはおいとました。
その翌朝、8時にメールをチェックしたら、キャロル夫妻からで、
「玄関に昨夜あげようと思っていたシャクヤクの花を置いて来たわ」とのメッセージがあった。外にでてみると、玄関に綺麗なピンクの大ぶりのシャクヤクの花が、透明の花瓶に何本も生けておいてあった。それは豪華な見事なシャクヤクで、昨夜庭に咲いているのを見せてくれて、濃淡のピンクの花は、本当に見事だった。それを朝早く出勤前に切って、花瓶に入れて届けてくれたのだった。
三日目の午前中には、この町から1時間くらいのところに、昨年引っ越しをしたトリーサが、電話してきて
「アンナ、おかえりなさ〜い!今日はどんな予定?よかったらメアリーたちとランチに来ない?」と誘ってくれた。あいにくその日は、新しい車が来る日で、ランチタイムに留守できないから、と言って断ったが、
「じゃあ、また別の機会をつくるわね。今日は前から決まっていてアンナが知っているゴルフ友人が来るの。じゃ、次回の集まりには、きっとね!」と電話を切った。
庭に出て、これから花をどう植え付けをするか、色々と考えていたら電話が鳴って、バドミントンクラブのルイーズからで、
「月曜日に皆でピクニックに行って、そこでランチするけど、来ない?みんな会いたがっているよ。」と言って来た。月曜日は、朝7時半からゴルフの予定だが、どうやら間に合いそうなので、
「是非行くわ!」と返事をした。
そこへ、ゾンタクラブのメンバーのエレーヌから電話で、
「アンナ、今月の定例会は、26日にベティーの家の庭で持ち寄りパーティーよ。メールで知らせがいってるでしょ。私も行くけどアンナは来れる?」と言って来た。
「勿論よ。ベティーに電話する予定でいたの。」と答えた。
こんな友人とのやり取りの合間には、庭師のボブが来て、アンナの指示でいろいろと庭を整えてくれ、木の植え替えや、野菜畑を耕してくれたりしている。
四日目には久しぶりに、主治医にご挨拶に行った。カナダは家庭医システムで、内科医が全て相談にのってくれる。今回は、これまでずっと家庭医をしてくれた医師が定年で退職したため、新しい若い医師になったので会うことにした。てきぱきと、全てスムーズに手続きをしてくれて、社交辞令も忘れない素敵な医師だったので一安心。診療所は、アンナの家から三分。新しい場所で、待合室には大きい水槽に美しい色の魚が泳いでおり、事務の女性も看護士も素敵な笑顔で、患者を和ます雰囲気もとっても気に入った。今回は、顔合わせのようなもので、普通の問診と血液検査をするだけだった。
翌朝、血液検査のためラボに採血に行ったら、これも初対面にも関わらず、係の看護士が何気ない言葉で気持ちをほぐしてくれる。
「これが済んだら、朝ご飯に行くの?楽しみね。」とか、
「はい、終わりましたよ。ほんの数秒でも針が痛いから緊張するわよね、お疲れさま。もう大丈夫よ。」と言ってくれる。
「今日は、あまり湿度がないし良いお天気ね。素敵な一日を!」という具合。
家に帰ると、来週の水曜日に、ゴルフグループの一人、シャーロットの家で仲間とのランチのお誘いの電話があった。ゴルフ仲間とのランチ会はよくあり、夏はそれぞれの家に順番で招待してくれる。今年は、アンナもお返しランチ会をしなければ、と思っている。
五日目。カナダに来ると、必ずする歯科の定期検診がある。いわゆるクリーニングというもので、一年に2回は必ずチェックしてもらっている。クリニックの事務の女性も、歯科技工士のジャニスも、挨拶のまもなく、久しぶりなので色々質問攻めだった。若いホーベン医師も、アンナの生活を良く知っていて、帰って来ると暫く会話が止まらない。この日は、朝の検診の時に、一カ所だけ治療する歯が見つかったので、午後又来るようにと言われた。午後は3時半からゴルフの予定だったので、1時半の診療には、ゴルフの格好をして行った。
そしたら、ホーベン医師が、
「あれ?今持って来たバッグは、朝のと違いますね。朝のは、確かピンク系の、でしたよね?」というので、
「ええ、朝のはフランス製もので、今のはクラブモナコのバッグです。これはゴルフ用バックなの。」と言ったら、
「朝見たバッグは、この辺では見たことが無いので、きっと日本製に違いないと思ったから聞こうと思っていたのに、時間が無くなっちゃったんです。」
という。そして、
「私の妻が、バッグ好きなので、私もついついバッグに興味を持って見ているものですから、アンナさんのバッグのこと聞きたかったのです」と言って、ひとしきり奥さんのバッグ好きの話しをして、危うくゴルフに遅れそうになってしまった。そして、支払いをしていたら、古くからのキャンベル医師が現れて、
「おや、アンナさん、夏だから帰って来たんですね。今もお仕事を日本でしているんですか? いいですねえ、二カ国移動が出来て。私たちは、ここにいるだけだから、アンナさんのようによく旅行する人の話しを聞きたいんですよ。みんな良く質問するでしょう?」と言うキャンベル医師自身が一番多くの質問をし、暫くお互いの近況を話しあった。そんなわけで車を飛ばして、ゴルフには滑り込みでなんとか間に合った。
こんな調子でカナダの毎日が過ぎていく。