HP作成の参考にと、いろいろなHPやブログを見ていると、今まさにカメラマンになろうとしている方々の写真や言葉、サイトが面白いですね。
なかでも面白いのがTさんのブログで、そこに集まる方々のコメントを見ていると、自分がカメラマンになろうとしたころのことを懐かしく思い出します。Tさんはバリバリに活躍中の写真家ですが、カメラマン志望の方々をワークショップなどで応援している方です。
HPにある「ブルーノート」という作品が、カメラマンになりたかった頃を上手く表現していて、感服しました。自分も似た経験を通って今があります。
今年の3月にTBSテレビの「夢の扉 next door」で取り上げられた際に、「昔の写真をいろいろ持って来てください」といわれ、同じようにカメラマンになりたかった頃を振り返ることができました。
ちょうどいい機会だと思い、今振り返って、あの頃の気持ちを書いておこうと思います。
私がカメラマンになろうと決めたのは高校生のときです。早くに亡くなった父親のカメラを形見分けにもらい、写真を撮るようなりました。
何を撮ったらいいのか良く判らないが、身の回りを撮ろうと高校生活を撮りだしたら、学生生活がものすごく面白くなってしまったのですね。
あまりクラスでは目立たないタイプの自分が写真を撮るさいには、クラスメイトにどんどん積極的に話しかけるようになり、友人たちも私の写真を喜んでくれる。
喜んでくれる人がいると写真はどんどん面白くなりますよね。
いつの間にか写真浸けの高校生活になっていました。写真が自分の性格と生活を変えたと思っています。
学校の雰囲気もよかったです。当時、授業で出席をとるときに私がいないことがばれると、クラスメイトが「小原は写真部の暗室にいます」というと、先生も「そうか、ならいい」と私の活動を後押ししてくれる雰囲気がありました。
進学校だったのですが、勉強は自分でするもの、他にしたいものがあればそれをやれ、といった感じでした。
掲載した写真は「第3回高校生フォトグランプリ」(旺文社)を受賞したときのものです。左の写真が私の作品です(右は中学生の部)。
「休み時間」というタイトルで、授業が終わって熱心に先生に質問しにいっている学生の前で、エロ本広げてみんなに見せている、ふざけた同級生のスナップです。
「えっ、これでグランプリ?」という写真です。
この時の応募に際して私は色々写真に悩んでいました。
どうせプロの審査員(大人の審査員)は、技術だけがしっかりした、いかにも「上手くとれましたね」といった写真や、「そんなことを考えているなんて偉いね」といった、ほめられるようなテーマの写真を評価するんだろうなと思っていました。
実は当時の私はそういった写真より、「休み時間」のような楽しい写真が好きだったのです。でもこの写真を審査員は「絶対に賞には入れないな」と思っていました。
だから私は「受験戦争」とか「勉強に悩む友人の姿」とかのテーマで、ピントも露出も構図もばっちりの、いかにも狙って作った写真を、あえてコンテスト用に用意し、「休み時間」は「どうせ、あなたたちはこの写真の良さが判らないでしょう」といった皮肉のつもりで出しました。
応募してからしばらくたって、旺文社の方から電話がきました。「おめでとうございます」といわれ「どの写真ですか?」と私は思わず聞きました。
「『休み時間』です」
「えーっ」と私はびっくりしました。
そして嬉しさよりも、悔しかったのです。
私は他の写真が「優秀賞」とか「佳作」とかに入って、「休み時間」は選外だと思っていたので、自分が審査員の価値観はこうだと予想していたものが、外れたわけです。
審査員に「じつはこの写真の方がいいんだ、でもあなたたちは選べないでしょう」という思いで出した写真が、一番に評価されてしまったことは、その意図がちっぽけで見透かされていたことでもあるので、悔しかったのです。
上には上がいると認めざるを得なかったからです。
選評では「次点の方の作品は高校生ばなれした非常に秀逸なものがある、でもグランプリの写真には、写真としてはこっちの方がいいんだよ、とそんなものがある」というようなことが書かれていました。まさに私が思っていたことそのものでした。
私はこのグランプリをとったことから写真家を目指すようになりました。写真の世界もすてたものではないと思うようになったからです。あのとき「休み時間」でない写真でグランプリを取ってたら私は写真家になっていなかっと思います。
もちろんこんな高校生の写真のコンテストを一つ取ったぐらいで写真家になれたら苦労はしません。
自分がどうやって写真家になることができたかは次回に。