DREAM THEATER
 
    大好きなバンドがケベックにやって来た。
その名も「 DREAM THEATER」
Expo Quebec 開催中に合わせての来ケベだ。
 
1985年、ボストン州のバークリー音楽院に通っていたジョン・ペトルーシ(G)とジョン・マイアング(B)が、教室で練習していたマイク・ポートノイ(Ds)を発見。もともと、バークリーはジャズを中心とした音楽理論の学校なので、ロックは教員やその生徒からも避けられていた。しかし、カフェテリアでタラスのTシャツを着ていたマイク・ポートノイに話してみると、3人とも共通の音楽背景を持っており、出身地も同じロング・アイランドだったことから、学校の休みには3人集まってジャムするようになる。 ペトルーシとマイアングが高校時代に組んでいたバンドのメンバーだったケヴィン・ムーア(Key)が参加、また1986年3月には、クリス・コリンズ(Vo)を迎え、5人編成となったバンドは、マジェスティと名乗り、学校も皆止め、パートタイムの仕事や、音楽レッスンを教えるなどしながら、ローカル・クラブで地道な活動を始める。RUSHなどのプログレに影響を受けた6曲入りのデモ・テープも作りローカルのファンなどに売ったりレコード会社に送ったりしていた。マジェスティというジャズ・バンドが他に存在していることが発覚し、バンド名の変更をすることになる。そこでマイクの父のアイディアからドリーム・シアター(カリフォルニア州モンテレーにある映画館)と改名する。 声域が狭いことが問題となりクリスが脱退。初めてのヴォーカリスト・オーディションの末、チャーリー・ドミニシ(Vo)を獲得する。かなりの年の差などがあったが、88年夏ペンシルヴァニア州グラッドワインにあるスタジオでデビュー作『When Dream And Day Unite』をレコーディング。プロデューサーはテリー・デート。短時間、低予算で制作されたにも関わらず、アルバムはアメリカのラジオ局や世界中のプレスに絶賛された。しかし、小さなレコード会社でのリリースだったためツアーをサポートすることはおろか、ビデオを制作する資金すら無かったので、ライヴ活動はニューヨーク周辺に限られることになる。
1990年の時点で、チャーリーが脱退、しかし、翌月、イギリスのバンドマリリオンからの個人的な要請を受け、彼らの前座を務めることとなったため、再びチャーリーを呼び寄せショウを行う。このショウは新曲“Metropolis”で幕を開く。4人編成のドリーム・シアターは、新ヴォーカリストを探しながら新曲を書き、インストゥルメンタル曲として“Images And Words”を完成させる。
カナダのロック・バンド、ウィンター・ローズのデモ・テープに収められていた歌声に魅了され、ヴォーカリストのケヴィン・ラブリエ(Vo)をアメリカに呼び寄せ、直後彼の名前をミドル・ネームのジェームスと変え加入が決定。
 
 
 
イカしたバンドだぜ!
2007年8月17日金曜日