006
 
 じょさんの家の前の細い国道を横断し、野道を下るとそこに大きな畑がある。それを一人で切り盛りしているのだ。
 僕はその畑を見てびっくりした。一面、真っ白に花が咲いていたからだ。廃村になり、辺りはさびしく活気のない風景の中、この白さはひと際、目を潤した。
 その白い花は、そばの花だった。
 しかもソバだけでなく、里芋、人参、白菜、落花生、小豆、大根………まだまだある。
 じょさんは土の上に腰をおろし、大きく股を開き、草を刈り始めた。
「腰がやめるで!」
「やめる?」
「腰が痛いってことじゃ。ずっと下を向いとると仕事が続けられんやろ!」
 座りながら移動し、また草を刈る。そうした地道な仕事がきれいな畑を作っているのだろう。しゃべっていても、必ず手は草を引き抜いているか、何かを収穫しているか、手が休んでいることはまずない。
 僕も腰を下ろし、ソバの話しを聞いた。
「お蕎麦を食べるのが好きなの」
「兄ちゃんは何も知らんな。
 米ができんかったら、どうやってこの冬を越せるんや?
 ここはきびしいで。蕎麦は土がやせとっても案外できるもんじゃ。
米ができん時の代わりじゃで」
 僕ははずかしい質問をしてしまったと後悔した。この山の暮らしの厳しさなんてまったくわかっていないのだ。
 そして大きな大根を引き抜いた。地面が持ち上がるほどの立派なものだった。
「兄さんは、落下豆は好きか?
後でうでたるで。それが一番うまい食い方や」
 僕は落花生がどんなふうに収穫できるのかも知らなかった。
 じょさんは無造作にその大きな株を引き抜いた。その瞬間、豆の香りがあたりに漂った。
 こんなふうに収穫できるんだ!っと感動したが、兄さんはそんなことも知らんのか!っと逆に怒られそうだったから、声も出さずに驚きを隠した。
 腰につけた篭の半分が落花生で埋まった。
「兄さん!茹でたてを食べるとするか」
 僕は収穫した野菜を両手に持って、じょさんの後ろについて家に帰った。
 家に帰ると休むことなく、じょさんは鍋を火にかけた。
 大きな鍋の中の湯が茹だっている。そこに落花生を一気に入れた。
「キュウー、キュウー」
 殻から気泡が出てうまそうな音をたてている。
 さっと茹で上がった落花生を山のようにお皿に出した。プーンと甘い香りが漂った。
 僕は今まで固い落花生しか食べたことがなかった。
 絶妙な塩加減が豆の甘さを引き出していた。
 なんてうまいのだろう。今まで食べてきた落花生の味からは想像もつかなかったものだった。
「うまいじゃろ!兄さんは初めて食べるのか。昔っからわしらはこうして食べとる。売っとるのは、はしこい(固い)でな」
 やみつきで手が止まらない。それだけでいいと思うくらい、この味が気に入った。いや〜それほどうまいのだ。
 僕が無心に食べ続けているころ、じょさんはほうじ茶を作り、昨年収穫したそば粉の中に入れ、割り箸を使って練り始めた。
「そばがきって食ったことがあるか?
 腹持ちもええが、採ってきたワサビをつけたら、そりゃうまいぞな」
 もちろんワサビも山から採ってきたものだった。
 とにかくおいしいものがたくさん目の前にあって、たらふく食べて、幸せな時間だった。
 ねっとりとしたそばがきは、採れたてのワサビととてもあった。
 うまい!ただうまいだけしか言葉がなかった。
「兄さん!そばがきがうまいか。もっと食え!はよもっと食え!」
 お餅のようなそばがきは腹にドンっとのしかかったように重たかった。
 僕はダムの取材でこの徳山村に来ているはずなのに、来るたびに食べて終わってしまう。これでいいのかな。
 僕はダムに沈む徳山村よりじょさんの暮らす徳山村に興味を持ち始めていた。
 東京から五百キロ。その距離はあまり感じない。僕はなぜかわからないが夢中になっていた。
「兄さん!
 明日、ワサビを採りに行きたいが、一緒に行かんか!待っとるで」
 また今日も遅くなってしまった。日が暮れ徳山村は真っ暗になっていた。
 
 
 
2007年9月13日木曜日