スカッと晴れた秋晴れだ。空気も程よく乾き、過ごしやすい。
いよいよ山も色づきはじめた。
じょさんの背負い篭に手ぬぐい、鎌、風呂敷。
僕の背負い篭には軍手、鎌、弁当、カメラ、レンズ、フィルム、ビデオカメラ。
いつも山の話しは聞いていたが一緒に行くのは初めてだ。
「わさび畑は遠いの?」
「そうじゃな、扇谷をずっと奥まで行ったところやでえ、そうは遠くないよ」
ハイキングをしている陽気な気分だった。山の緑色や道の茶色、鳥やトンビが飛び交い、奥の高い山も今日はくっきりと見えた。
80歳を越えた足腰とは思えぬほどスタスタと歯切れのいい歩き方をする。
途中、大きな木があってそれには実が無数についていた。
「梨じゃ。山梨じゃ。やれ!今年はようけなっとる」
じょさんはすぐに近寄った。すると木陰にはピンポン球ほどの大きさの梨がたくさん落ちていた。しかも落ちたばかりで腐ったものは少なかった。
「兄ちゃん!食ってみよ!」
僕は固めの梨を一つ拾いかじった。少し酸っぱかったが、想像以上にうまい!梨が好きな僕は何個も何個も拾って食べた。
「これをな、煮て食べるとおいしいンじゃ」
「煮て?」
「そうじゃ、煮るとはしこい(固い)梨が柔らかくなって甘さが増すんじゃ。わしはこういう木に登って揺らして身を落としてな。どんな木にも登ったよ」
うれしそうに木陰で話す僕とじょさんの間を風が抜けて行った。なんて清々しいんだ。
梨は帰り道に拾うことにした。「動物に採られんじゃろうか」
じょさんはしきりに心配していた。その感覚は僕の中には無い。
やはり僕の暮らしは温いのか。食べ物が目の前から無くなってしまう競争心すら僕らの時代にはないのだ。
この時期にしか食べられない、そんな感覚が退化しつつあるのか。
「じょさん、まだまだ遠いの?」
「目の前じゃ。あの山に登ればワサビ畑がある」
「え〜あの山!」
たしかに目の前にある山は近いが、道がなくなっている。
なくなっているというより、草が多いかぶさって先がまったく見えないのだ。
「これ行くの?」
「あたりまえじゃ。ここまで来たんじゃ。昔は田んぼのあったところじゃで、なんかあぜ道とか残っとると思うが」
僕はじょさんの言う事を信じていなかった。
草むらの中にはいった。背丈より高い草はいい影を作ってくれたが方向がわからなくなってしまう。
じょさんはひたすら鎌で草をなぎ倒し、道を作りながら少しづつ前に進んだ。
「田んぼじゃったところじゃで、よう草が生えるんじゃよ」
2時間あまり草と格闘したが今だ脱出する道はない。結局、草むらの中でお昼ご飯を食べることにした。
「兄ちゃん、これは思ったより大変じゃな。でも山はもうすぐじゃで」
「帰りもこの道で行くの?」
「ん〜、帰りは近道を行こう」
「近道?」
「川の中じゃ」
「え!川に入るわけ」
「川を横断してしまうのが一番早いな」
すっかり昼ご飯も食べ終わり、再びワサビ畑に向かった。
ようやく山の傾斜にさしかかった。そうなるとあの草の大群からは脱出し杉の林になった。
傾斜は続くが足場は楽である。上から水が流れ落ちてくる。その小さな沢づたいを歩いて行くと、ちらほらとワサビの丸い葉が石の合間から生えている。
「兄ちゃん、これがワサビじゃで。でも小さいから抜くなよ」
水はとてもきれいで手ですくって飲んでみた。
「ここはな、先祖代々から続くワサビ畑で、よう暮らしの足しにもさせてもらった。大きな現金収入になってな。徳山のワサビは昔から香りがええって評判じゃった」
どんどん山に上がって行けば行くほどワサビの丸い葉が多くなってきた。
「ここにもある、ここにも」
「それは抜いてもええが、小さかったらまた植えなおしとけ!
そうせんとこの畑がなくなってしまうでな。小さかったらまた植えなおして5年待つんじゃ」
じょさんの仕事を見ていたら手際よくワサビを引き抜いている。時々小さなワサビを引きにいていたが、それをまた植えなおし水に流れないように上から石で押さえていた。
篭にたくさんのワサビが入っていた。ここに来るだけで時間がかかってしまったからもうすでに夕方の光になっていた。
「兄ちゃん、採ったワサビはここの水で洗わんと味が落ちてまうで」
じょさんと僕の篭にはワサビが一杯になっていた。
「兄ちゃん、もう帰ろ!暗くなってまうで」
山を降り、行きに来た道は通らず近道を通った。3メートルほどある川幅をカメラとフィルムとワサビをかついだまま渡った。腰までつかるその川は、かなりの勢いがあった。
やはりじょさんの言う通り早かった。通って来た扇谷の草道にでた。
忘れもしない梨は誰にも取られずそのまま残っていた。
「兄ちゃん、かつげるか?
わしも持って行くが兄ちゃんも背負って梨を持って帰ってくれんか」
これが想像以上に重たかった。拾えるだけ拾って背中に巻き付け二人で帰った。