辻信一さんは、明治学院大学の教授で、文化人類学者であり、環境運動家。
1999年に仲間と一緒に「ナマケモノ倶楽部」を設立。
スローライフの提案や実践などを行ない、、“スロー”をキーワードにした、さまざまな運動を行なっている、
いわば「スロー・フード」「スロー・ライフ」そして「100万人のキャンドル・ナイト」の仕掛け人です。
辻さん「僕これ実は、まだ見せてもらって2週間くらい。これ、本橋さんが「今年の最高傑作です」と強く勧めてくださってね、で見せてもらって、本当に本橋さんの言いたいこと、よくわかったんだよね。全く同感といいますか、久しぶりに傑作に出会ったなと、うれしい。
僕今、環境運動家として、色々なキャンペーンをやっていて、スローライフ、スローフードっていってきましたけど、去年くらいから「GNH」を一つの合言葉にしています。
GNPとかGDPって言葉はよく聞きますよね。国民総生産とか国内総生産とか、それに対してブータンというヒマラヤの小さな国ですけど、そこの第4代の国王って人が、若い時に国王に即位していきなり言ったのが、「わが国はGNPじゃなくてGNHだ。わが国はGNPよりGNHの方が大事だ」って彼は言ったんですよね。それはどういう意味かって言うと、GNPってPっていうのはプロダクツですから生産物、物ですよね、その物をやり取りするお金の量。実は未だに日本という国は、GDP,GNPという簡単に言えば、物の量、物をやり取りするお金の量で国の豊かさを図っているわけですね。そうでしょ?新聞なんかで時々、GNPが0.何%上昇!なんて書いてあると、なんかいいことがあったような気がして、一日ちょっとうれしかったりするわけでしょ。これはその、小さなブータンの国からみると非常におかしなことで、もう70年代ですよね、GNPという言葉に対して、Hという、ハピネス、国民総幸福と訳すしかないんですけど、もう一度豊かさって言うのは何なのかを考え直してみよう、あるいは豊かさの果てに幸せがあるという思い込みですよね、これも。だれも証明したことがないわけですけど。実はこの数十年間わかったことっていうのはGNPのPがどんどん増えていってもGNHのH、つまり幸せがどんどん増えていくっていうことよりむしろ逆の場合の方が多いってことがだんだん明らかになってきた。
まず映画をみてね、僕はブータンのことを思い出したんですよ、真っ先に。逆に言えば、実は僕らのほんと身近なところにブータンがいっぱいあるのかもしれないんで、それに気づいていない自分自身ってことに思い当たるわけですけどね。やっぱりこの映画のテーマは圧倒的な豊かさですよね、もう圧倒されますね。」
大西監督「自分が知らなかったですね、そういうことに気づいてなくて。本当にダムの取材をしようと思って最初にいった村だったんですね。ダムってことばっかり考えていったんですけど、いつのまにかダムってことを忘れてしまうほど暮らしの魅力にはまってしまって、自分が知らないものですから、「何ですか?」「何ですか?」ってことばっかりで、一日中「何ですか?」って聞くことばっかりで、未だに聞いていますけども、
そのくらいこの村にどんどんはまっていって、暮らしぶりが本当におもしろかったですね。
僕自身が」
辻さん「そういう大西さんが「おもしろい」って感じた、その感覚がよく伝わってくる映画ですよね、なんか楽しそうだなあとか、おいしそうだなあとかって、ちょっと嫉妬心が(笑)たぶんみなさんすると思うんだよね。僕の言葉でいうと、そういうのは快楽、快楽主義。やっぱり世の中を考えていく上でそういう楽しい感覚やおもしろいっていう感覚、好奇心だよね、それにおいしいっていう感覚くらいあてになる価値観ってないんじゃないのかな。
100万人のキャンドルナイトっていうのを僕ら呼びかけて最初は数十人、数百人くらいでやったんですけど、今何百万人、今は世界に広がったんですけど、そして来年G8っていうのがあるでしょ。あれを機会に世界にあれを広げられないかなって夢を膨らませているんですけど。あれを最初は僕は運動家ですからね、省エネとか、アメリカのエネルギー政策への反対を表明したいとかね、そういう意味で最初はやったんです。ところがやってみたら、楽しくておもしろくてね、何のためにやりだしたんだか忘れちゃうという。今の話で思い出したんだけど、最初は徳山ダムという、イシューなんですよね、問題が」
大西監督「最初は、カメラマンでなんとなくかっこつけて、報道としてメディアに出していこうとずっと思っていたんですけど、実際その時にはダムの知識なんてゼロに等しかったし、ダムはだめなんだって頭ごなしにずっと考えて徳山村に行ったら、あの徳田じょさんは、ダムの話をする前にご飯がどーんって出てくる訳ですよね(笑)僕が話そうとしてもとにかく僕がご飯を食べないと話が何も進まなくて。僕のお腹を満たすってことが常に毎回毎回常識になってたですよね。何時に行こうがお昼の2時に行こうが朝の10時に行こうが毎回ご飯がでてくるわけですよ。食べて、食べ終わってから次に行動するっていう。
今から思えばじょさんは僕のお腹を満たすことが、じょさんの中ではとても大事なことだったんだろうなって思いますよね。それと、すごく受け入れる、それが自分にとっての一番のおもてなしだっ」たんだろうなってことを、今になってだんだんだんだんわかってきたんですよね。
辻さん「なんか、ホントGNHのH度が非常に高いですよね(笑)これ、やっぱりあの同じ揖斐郡出身でしょ。それでも、やっぱりそんなに違う?」
大西監督「違いますね。僕の家はそこから50キロ下流で町に隣接しているんですけど、お金を持ってないと不安というか、何かあったときにお金で買い物したり、常にポケットにお金がないとって思うんですけど、徳山村はそういう勇気を捨てなきゃいけないというか、まずお金を使うところが一件もないし、で電気もなかったりしますし、ですから、自分とかそこに暮らしている方の自分自身がどう思うかってことに常にたたされてしまう訳ですよね、自分が考えなきゃいけない。そういうところに立たされたときに最初は不安で不安で」
辻さん「これはGNP,GDPの世界から見れば非常に貧しくてね、まあそこから何とか抜けでようと、近代化ってプロセスっていうのはそういうプロセスだったんですけど、最後に、廣瀬司さんか、お葬式で奥さんが愚痴をこぼしてたよね、「先が見えん人で・・・」って。で、やっぱりあれが、僕、すごく心に残っているんですよね、あの言葉が。
先が見えんってどういうことなんだろう、って。それは、ああいう村の暮らしですね、そしてまた豊かな暮らしに寄り添ってそこの恵みをいただいて毎年毎年サイクルで、そういう中に、そういう輪の中に生きてそういう豊かさの中に生きてきた人たちが、やっぱり都会に出て、近代的な暮らしにどんどん転換していく時に、うまく変わり身ができない人・・・」
大西監督「そうですね、司さんはまさにそういう人ですね」
辻さん「だからそれを世間から見たら「先の見えない人」計算高くない、そして今あるものを楽しむ、そしてあったら人に与えちゃう、でもこれ、逆にいえばものすごい豊かさですよね。GNH的には、すごい豊かさだ。そういうものが崩壊していく中、ダムができるってことは、そういう豊かさが失われていくってことなんだっていうのを実感した気がしたんですよね」
大西監督「僕も最終的にはそれが一番のテーマになっていて。
だんだん本を書いていたりとか、編集することで気づいていくっていうか。自分が何に興味があったのかなとかって思うと、全部シャッター切っている時とかフィルムまわしている時とかって、そういう時ばっかりまわしていて、で、ダムの話になっているとムービーが回ってなかったりする。いつのまにか自分が完全に徳山村の暮らしだけに興味が向いていたんだなっていうのが編集して改めて気づいたんですよね」
辻さん「食べてて、おいしくて、撮るの忘れちゃったってこともあるの?」
大西監督「そうですね、それもありますし、ぜんぜん撮らない日もあったりする。
畑仕事に忙しくて、あまり写真を撮るという観点で村に行ってなかったので、
何も言わずにばあさんたちが僕にかごを渡すのでしょって、カマ持って軍手持って、カメラやフィルムもかごに入れて、わさびとってはかごに入れるのでどんどんカメラの下になって取れなくなって、まあいいかなって思っているうちにその日が終わってしまうケースも多々あって。
辻さん「大西さん、今も畑をやって?田んぼも?」
大西監督「そうです。自給率高いです。田んぼも今年から初めて、自給率70%くらいいってますね。楽しくて。お年寄りのあのじいさんばあさん見ていると全部自分達の技で生きてて、手に職持ってて、確かに写真を撮ることはできるんですけども、自分のお腹満たすのは現金化してお腹満たすことはしてましたけど、大根一本作れる知恵というか技があるといいなって思って何年か前からはじめたんですけど。そうすると、自分の中で自然と季節が体にできてきて、彼らみたいに。だから冬に絶対食卓にトマトで出ないんで。だいたい今はきゅうりとトマトとなすばかりだったりとか。ずっとそういう生活になってきたら、確かにだいぶあのジジババ達にだいぶ近づいてきたと」
辻さん「そうかあ、そういう形で生きているんですね、徳山村が。
僕はゼミの学生達と田んぼやったりしているんですけど、自給率はそこまでできませんけどね。この映画を本当に若い人たちになんとかしてみてもらいたいなと、今思っているんです。僕のゼミはもちろんですけど、やっぱり若い人がみたら絶対に共感しますね。若い人はああいうおじいさんおばあさんに出会いたがっているんです。僕、そうだな、この10年くらいで確信するようになってね、若者達は探していますね。若者達の価値観は今変わってきていて、口先だけの国会の人たちじゃなくて、自分の手でものを作り出したり直したり、そういう人たちに出会いたがっているんですね。そういう意味では、本当に、こういう、徳山ダム、ひっくりかえしたらムダですけど。日本中そうじゃないですか。あいも変わらずこういうことが進んでいる。こういうのを残していかないとだめだよね。
これを若い人たちに見てもらって、若い人たちにああいう生き様や、ああいう豊かさが伝わっていけばいいなと思いますね」
大西監督「僕も22,3歳から徳山村に行っているんですけどね、たぶんびっくり仰天したんだと思うんですね。マムシをああいう風に裂いて食べて、今まで食卓に並んでこなかったものしか並んでないので、食べれるかどうかすらわからなかったです。そこからスタートしたので。当たり前に熊の肉が大根と一緒に炊かれて出てきたりだとか、そういうメニューしかなかったので、最初はほとんどのものが食べられなかったですね。灰汁抜きの意味もわからなかったくらいで、「ああ、なんて面倒臭いんだ」って」
辻さん「トチの実は10日間さらす?」
大西監督「そうなんですよね。10日間さらすんですけど、その後漬け込んでやるので、正味1ヶ月かかるんですけど」
辻さん「後、片道4時間かけてわさび撮りにいったりね。スローフードの教科書みたいだよね(笑)でも、それだけの価値があるんですよね。おじいちゃんおばあちゃんにとってはそれだけの喜びがあるわけです。義務感からやっているわけではないですよね。」
大西監督「食べ物の映像が多いのは、あの人たちの中で8割以上が食べ物に関わった仕事しかしてなかったのにあるとき気づいて。自分の暮らしは食べ物に関わった仕事はあんまりなくて。あれ、80%以上は朝から晩まで食べ物に関わったことをやってんだなって。
徳山村は豪雪地帯で冬は雪が降ってしまうんですけど、冬をどう乗り越えるかっていうのが秋までの勝負なので、ここで働いておかないと冬は大変なことになってしまうので、冬降りられない、それでようやくそこの部分で3ヶ月くらい初めて余暇がでてくるんですけど。集落で漫才があったり、まむしを持っていったおじいちゃんは漫才一家で、冬場色々な集落を訪ね歩いては夜の夜中に漫才して朝まで踊って。初めてそういう話が冬場に出てくるんですけど。それまではひたすら何か食べ物を作って塩かけて・・・そればっかりやっているんですよね。そういう生活のリズム感を徳山村で初めて見させてもらったんですけど」
辻さん「雪に閉ざされた寒くて寂しくて、ってイメージがあったんですけど、冬こそが楽しいんですね。これこそがGNPの観点からいうと全く見えない豊かさですよね。
こういう言葉があるんですよ。「豊かだから与えるのではない、与えるから豊かなんだ」っていう。大好きなんですけどね。ブータンだとかミャンマーだとか仏教国に行くと痛感するんだけど、お年寄りに、人生で何が、どんな時が幸せでしたかって聞くんですよ。そうするとたいがいの人が、「お供えできたとき」とか「人を助けることができたとき」とか、
「人に物をあげることができたとき」とか。全て与えることなんですよね。与えるってことが実はもしかしたら豊かさGNH度、豊かさの基本要素なのかな、と。
この映画の中で、最後にじょさんが指輪をね。(笑)
「先が見えない」っていう廣瀬司さんっていうのは、なんでもあげちゃう訳ですよね。漬物つくったり、いろんなものを作ったりって言うのは備えっていう意味もあるんだろうけど、人にどんどんあげちゃう、分かち合うってね、やっぱりそういう文化の豊かさなんじゃないかなと思いました」