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名取弘文さん(元小学校教諭)
お腹の減る映画でした。大西さん食べてばっかり!
 
中谷健太郎さん(湯布院盆地「亀の井別荘」社主)
突然、「水になった村」へ旅発ちました。
少しずつ水が見え、豊かな水が見え、やがて「人」が見え、壊された「家」が見え、壊れた「村」が見えた。自然に塗れて人は「カミサマ」になる。「カミサマ」になって幸せか?幸せです、だけど悲しくもある、そんな涙が流れました。
 
鎌田實さん(内科医師)
壊されて行く家を見つめながら手を合わせて涙する老婆。バッタも追われて逃げる。その先に私達の生活がある。
大きなぼたもち、手をかけてつくるトチ餅。急勾配の山を登り育ててきたワサビ。日本の山村が守ってきたつつましい暮らしが都市の生活のために消えた。
静かでしっとりとした、力のあるいい映画だ。
この映画を見ながら自分たちの生活を考え直してみませんか。
 
斉藤とも子さん(女優)
徳山村とともに、いのちいっぱい生きる“ジジババ”と、“ジジババ”に惚れちゃった若者。そのやりとりは、可笑しくて、あったかくて、泣けてくるーー。村は水になっても、埋もれなかったものがここには、ある。
 
加藤重義さん(東京岐阜県人会幹事長/三井住友カード特別顧問) 
思えば、徳山ダムの壮大なプロジェクトの話を聞いたのは、私が岐阜に住んでいた高校生の頃である。半世紀を経た今、ようやく完成の予定を知り、感慨深い。その徳山村を舞台にした、豊かな自然と住民との共生、そしておよそ現代文明とは隔絶した生きる営みを、美しい映像でみて、考えさせられることは極めて多い。
 
たかのるみさん(医師)
びっくりするくらい食べます。そのためにおどろくほど動いて、手間をかけます。だからあんなに食べてもちっとも太ってなんかいません。必要なものをちゃんと体が知っているのでしょう。そんな村が水になりました。
 
沢田としきさん(イラストレーター/絵本作家)
大西さんの顔は懐かしい感じがする。はじめて会った時から不思議だったけれど、徳山村の映画を観て何故だかわかった。私も北の地のジジババの息子だから。自然に寄り添い生きるジジババ達にむけた眼差しにありがとう。
 
渡辺俊雄さん(NHK衛星映画劇場支配人ラジオ番組「村は沈んでも唄は残る」を製作)
私が取材で徳山村を訪れたのは昭和の終わりの数年間。まだ村が水没するという実感などありませんでした。その後の劇的な変貌ぶりを限りない優しさでみつめたこの映画は、“水になった村”に心豊かな人々が確かに存在したことの貴重な記録なのです。
 
林原博光さん(富良野自然塾副塾長)
鳥取のド田舎で生まれて東京で40年間のサラリーマン生活を送った私も、今、“ふるさと”を失いつつある。
徳山村の老人たちと同じように。
この映画を観て、改めて本当の幸(せ)って
豊かさって何だろう・・・って考える。
 
小竹雅子さん(市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰)
高齢化と過疎化をはねかえし、山の恵みのなかで輝いていた人たちの暮らしがダム湖に沈んでしまった。谷間の集落が一面水に満たされる映像は、改正という名の「抑制」に呑みこまれる介護保険サービス利用者が想起されて、切ない。
 
渡邊法美さん(高知工科大学教授)
じょばあさんの最後の姿は、
「自然を愛し神を敬い知恵を尊ぶ古き日本人」
を忘れかけている我々のように思えてなりませんでした
 
坂田明さん(ミュージシャン)
この映画を見て思うことはたくさんある。消えゆく村の記憶、村の生活文化の記録と消滅。なつかしい風景の消滅と新しい出現!などなど・・・・・・
徳山村に生き生きと暮らしていたばあちゃんが、村から離れて別人となっていく様は、加齢という部分を差し引いても、人間は何一つ不自由がなく暮らせることと、生きていることの誇りを持って暮らせるということの間には深い谷もあることを物語る。
人間のこつこつとした営みが、いつの時代でも、地球上どこの地域にあっても、情け容赦なく襲いかかる巨大な潮流や自然災害と国家というものに踏み潰され、埋没して行くのを見るのは辛いものがある。
どうにもならないという状況の中に、翻弄される人間のやりきれない悲しみが泡く!
昨日まで住んでいた家が、自分の都合でなく、社会の都合で取り壊されて行く様を見つめている老婆には何が救いになるであろうか?残念ながら私には分からない。
日本中がこれと似たり寄ったりの状況にあることこそ重い現実である。
といったシビアなことと抱き合わせに、この映画の中には楽しい山村での、のどかで厳しく豊かな生活ぶりが宝物のように目に飛び込んでくる。
失うものがあり得るものがある。「水になった村」はその差額ではないのか?
 
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羽田澄子さん(記録映画作家)
15年という長期にわたるかゝわりが創造する世界に、しみじみと人が生きることについて、考えさせられる作品です。
中嶋朋子さん (女優)
大切なものと、笑いにあふれた徳山村のジジババの暮らし。
生きるってことは、なんて愉快で、逞しくって、神々しいんだろう。
ナニモノもとって代わることの出来ない 豊かさが そこにはあって、忘れるわけには いきません。
枝元なほみさん(料理家)
幾重にも重なった深い縁にとけこんでよく食べて よく働いて すごく元気に暮らしている人たちがいる。
こんな風だったんだな、日本人は。逞しく よく笑っていたんだな。泣きたいような気持ちでそう思いました。
大橋マキさん(アロマセラピスト)
山野で生きたジジババ、美しい徳山村は、私にとっても生きる宝になりました。ジジババたちの生きる力を、喜びを、受け継いでいかなくては。
小栗康平さん(映画監督)
水が覆うことで、それまで見えていたものが見えなくなる。見えなくなるのに、その変化の表情がやさしいと感じる。不思議だ。まるで水そのもののように、映画が、私たちを慰撫してくるようだ。
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映画を見ての感想
自分も15年ほど前にバイクで数回訪れたことがあり、
ひと気のないこんな山の中でガス欠したらどうしよーなんて
恐る恐る走っていた記憶がありますが、
あの時、じょばあさんたちは徳山で自給自足の生活を
していたんですね。すごい、と思ってしまいました。(岐阜県羽島市 30代男性)
 
徳山ダムのドキュメンタリー映画「水になった村」を観て。
翌日徳山村に行って来た。
ダムがある事で人々は生かせれている。
ダムができる事で生きてる場所を離れなきゃいけない人々がいる。
徳山村…。 大垣や大阪、名古屋で生活していた私には、とて
も生活できない環境でジジババは、幸せ幸せとご先祖様に手を
合わせ、街で住んでいる人達より笑って生活していた。
いろんな事を考えさせられました。(岐阜県大垣市 20代男性)
 
50年前の計画を、本当に推し進めなければならなかったのだろうか。
時代のニーズと生活スタイルは10年も経てば大きく変わる。
治水と利水の共存は一言で片付けられる問題ではないが、
あの桃源郷のような日本の良き風景を埋めなければならなかったのか。
胸に突き刺さる映画だった。(岐阜県 30代男性)
 
じじばばから、生きがいを奪ったのは一体だれなんだ!何がために
じじばばは故郷を失わなければならなかったのか?
と情けなさと憤りと後ろめたさが交錯した複雑な思いが湧き上がってしょうがなかったです。
 そして、同時に私たちが便利さや快適さと引き換えに失ってしまった、
とても大切な生きる上での知恵とか術とかを思うと取り返しのつかないことを
したのではないかという後悔と焦りを感じました。(富山県南砺市 30代女性)
 
ある意味で、とても贅沢な生活。どこが贅沢といって、人間と自然の比率が圧倒的に自然の勝ち、
というところ。その中での、極めて合理的な生活。そしてそのことの幸せ。(50代男性 大学教員)
 
本来、人が暮らすということのベースは「家」にあるのではなく「土地」にあるも
のですね。あくまで家は、土地と人とをつなぐ一つの場です。「愛」も「幸福」も、
足を地に付けた「暮らし」の上にはじめて成り立つものです。
立派な「御殿」と引き換えに失う、土地と人、土地を介した人と人との「つなが
り」。「人が人として生きる」ことは、つながりの中にこそあるのに、目に見えず、
言葉にならない「つながり」が音も無く断絶していくそらおそろしさ。
それをまざまざと見せ付けていただきました。(滋賀県余呉町 30代男性)
 
お腹が減りました(50代男性 会社員)
 
本日2回目の観賞です。徳山村の方々の笑顔にふれたくてまた来ました。(40代男性 自営業)
 
”居場所” 生きていく上でそれがいかに大切なのか、考えずにはいられませんでした。(20代女性 大学院生)
 
人が住まない村のさびしさと、おじいちゃんおばあちゃんの生きてゆく力とを私は少し知っています。
私も豊かに生きさせてもらっています。この豊かさをお裾分けしていきます。(30代男性 百姓)
 
住み慣れた豊かな村をはなれなければならなかった人たちのせつなさ、つらさがじんわり伝わってきました。
一人暮らしの母の毎日をおもいました。(50代女性 教員)
 
急ぐこと、楽をすること、そうすることがさも良いこととされている今、最後まで村で生活をするじょさんの生き方がなんてゆるやかで、なんと自然と一体としているのかと思った(20代男性 フリーター)
 
大切な人ともう一度この映画を観に来たいと思いました。この村の存在を知ることができてよかった(20代女性)
 
自分の小さい頃の記憶、親の記憶とダブってとても楽しかったです。日本の山は本当に豊かな所だと改めて思いました。(40代男性)
 
家が壊される場面は、普通のことなのに象徴的でした。百年の尊厳もなく一時で壊れるのは何とも言えません。
家ではなく何か違うものが壊れるようでした。(20代男性 研究職)
 
一日がかりのワサビとりが苦労でなくよろこびであるような、そんな暮らしがどうして失われていくのか、よくよく考えさせられました。(60代男性)
 
みんな働き者でした。地に足がついているというか、しっかりと根をはっている様子で、しかもとても素朴な人たち。
ダムに水没してしまうのに、小さなワサビは土に植えてあげるなんて、何となくうれしい(40代男性)
 
観光地へ行き、ダムを見たりしていたことがこんなに深い意味のあることの事実に大きな衝撃を感じた。
自然破壊、環境汚染など人間が何気なく便利さを優先させることに恐ろしささえ感じた。(60代男性)
 
私はどちらかといえば、ダムを作る側を専門としています。目をそむけていた現実を見たという思いです。
どうすべきなのか、何がすべての立場の人によいのかわかりませんが、計画する時に少しでも今日のことを思い出したいと思います。(20代女性 学生)
 
徳山村に生まれて15歳で村を離れ東京に来た父の気持ちを思います。1956年夏、休暇で帰省した自宅に徳山村の村長をはじめとする数名の人が父とダムの話をしにきていたことを記憶しています。「おらが故郷がダムになってしまうとさ」と冗談めかしていっていた父の気持ちはどうだったのだろうと思う。
水没する前に訪ねられなかったのが心残りです。(60代男性)
 
生活した土地は財産というだけではなく人の人生と共にあったからそこを去らなければならなかったことは何かを失うことだと感じました。最後のじょさんとの話で、大西さんの寄り添った時間の重さを思いました。
(50代女性 会社員)
 
10年前、実家の村もダムになりました。隣に住んでいたおばあちゃんが家をくずされる時泣いていたのを今でも忘れられません。新しくできた湖もとてもキレイです、新しい生活が始まっていることもちゃんと伝えて下さい。(20代女性 会社員)
 
嫁ぎ先が広島県灰塚ダム水没地です。移転して12年目となり、一昨年完全に実験堪水から常時水の入った状態になりました。自分の住んでいた場所、風景、式、人や匂いを 風をずっと思い浮かべていました。(50代女性 自営)
 
人間の”合理性”というおろかさ、人間の”自然”を受け入れる強さ、現代人が失ったたくましさを感じました。
ダムの水面の下にたくましい生活があったことを伝えたい。(60代男性 無職)
 
山のあなたの空遠く 幸い住むと人のいうそんなフワフワした幸せがただよう映像に、顔がほころび、やがてダムと共に気分が沈んでしまった(40代男性 ライター)
 
大学時代に人形劇を公演に行った想い出の地です。40年の時間が流れているのに、思い出の風景がたくさんありました。人の幸せは何か、じょさんの幸せを奪ったダムのこと、本当に必要だったのでしょうか。ダムになる迄の時間の長さがその応えになっているように思います。(60代女性)
 
主人の実家が岐阜ですので観にきました。司さんを見て亡くなった義父を、ハツヨさんを見て今も元気な義母を思いました。ここのところ帰省する回数も減っていました。また暮れには必ず帰ろうと思いました。(30代女性)
 
人は自然の内で生きているのではなっく、自然に生かされているという思いをいただきました。(50代男性 医師)
 
きっと切ない「映画」だと思っていました。でも温かい「記録」でした。私のばっちゃに会いにゆきたい。私のしたい暮らしはこういう暮らしでした。大学を卒業して就職活動もせず、ひたすらどう生きようか考えています。都会は私の居場所ではないと痛感しはじめたこの頃。私の求めている何かを温かく教えてくれたように思います。(20代女性 学生)