どんな分野であれ技術者と呼ばれる職種に携わる人は、その道のスペシャリストとして多くの経験を踏まえながらも探究心に燃え更なる前進のため向学心も強い人が多いと思う。楽器のように不完全な完成品は理論的な解釈が難しく多くの技術者を虜にしてきた。300年に渡る楽器の王様「ピアノ」の進化は人類の英知の結晶とも言える素晴らしい出来映えに至った感がある。想像の範疇であるが一歩前進の進化を遂げる時、必ず有識者等からの逆風に晒されると思う。なぜなら既存の物でなくなり新たな物へと生まれ変わる瞬間であるため使い慣れた物を捨て去る抵抗が新たな物への攻撃と変わる為だ。具体的に「ピアノ」の進化で検証してみると、チェンバロからタッチコントロール機能を身に付けたフォルテピアノが生まれた時、偉大なるバッハがまだ現役であった。初めてフォルテピアノを弾いたバッハは、その音量の小ささに「ピアノ」と言い捨て生涯気に入る事は無かったと聞く。チェンバロをベースに、この世に産声をあげた全く新しい発想の鍵盤楽器は華奢なボディーと弱い張力のために屈辱的なスタートとなったと想像する。しかし時代の熱烈な要望に後押しされ鍵盤で自在にコントロール可能な楽器は製作者達の熱心な創意工夫によりチェンバロを凌駕する事になる。この時代バッハを含めチェンバロ愛好家たちの抵抗はいかほどであったか!?負け組の歴史は淘汰されてしまう傾向があるので現在では知るよしもない。身近な事例をあげると音楽鑑賞のオーディオが判り易いと思う。私の世代ではレコードからカセット、CD、MD、DATそしてiPodとめまぐるしく変化してきた。これは進化なのか単なる変化なのか?オーディオマニアの世界では未だにレコードは必需品のようである。単純に音質だけを比較した場合、アナログとデジタルでは理論上アナログの方が良い音質になる。しかしこれらの変化を考えてみると一般世間では音質よりも利便性を追求し小型化が求められ気軽に音楽を再生できる事が善しとされていると感じる。MP3の音質はスカスカでピアノ曲には不向きであるが技術の進歩で不快な印象は無くなってきた。このような変化は当然「ピアノ」にも襲いかかってきている。利便性を考えると楽器の王様は不便な事ばかりなのだ。300年の間にボディーは肥えてしまい大きくそして重くなり貴重な資源である天然の素材をふんだんに使用している各部品は湿度や温度の変化にめっぽう弱い。所謂世間一般的には音楽的な深みのある響きよりも気軽に鍵盤演奏を楽しめる方をチョイスするのが自然の成り行きである。いま、楽器の王様「ピアノ」は新たな過渡期を迎えている。世の中デジタルの恩恵を受けずには生活出来ない様になった感がある。デジタル化されてしまった楽器に対して抵抗勢力になる気持ちは無いと言えば嘘になるが「ピアノ」が今後どのような地位になるのかは今後の時代が決めることなのである。しかし良い物は時代を超越して愛され続けていく事も過去の様々な分野で証明されている。私自身アコースティックピアノ愛好家に最良のPianoコンディションを提供し続け日々進歩成長してゆきたい所存である。
2007.4.28
最近は楽器を科学的に分析する学問が次々に登場し計算式で音色や鍵盤タッチの感触等の傾向が証明されつつある。学者達は様々な数値を仮定し計算し曖昧だった部分も明るみになってきた。また超高速度カメラで映し出された映像は弦の繊細な動きやアクションの素早い収まりもしっかり捉えている。このような事実がしっかり定着するにはまだ時間が必要かも知れないが今後この技術を習得する若い人達にとってはとても理解しやすい環境が整いつつあると思う。その反面計算上よしとして製造工程の簡略化や全く新たな代替え材料等、これまでにない新たな試練も多々出てくるであろう。私個人なんかよりも大手製造メーカーの情報量は凄まじく日々研究している部署もあると推測される。計算などなく職人の「勘」をたよりに進化してきた楽器は、「勘」を受け継いだ技術者によって計算をも凌駕する結果を出す事が可能であると深く信ずる。すべて人間の想像力と試行錯誤の連続で成り立ってきた分野であるからだ。
2009.1.21