世田谷区の有名な古道のひとつ、滝坂道(瀧坂道)。
渋谷区道玄坂の途中から右手に別れ、現淡島通りを西へ進み、環七からちょいとくねっとした道へ入って、クランク状に曲がり、豪徳寺北から経堂を抜け、榎交差点から仙川方面へ向かい、甲州街道の滝坂へと抜ける道である。
江戸時代は甲州裏街道(甲州中出道)としても使われた。
淡島通りとして整備された箇所(山手通りから環七まで)以外は旧道風情を残していて面白い。残念なのは、淡島通りから旧道へ入ると、環七で寸断されて渡れないところくらいか。
滝坂道について調べていたら、「世田谷の地名」などに、ヨークマート前を通り、松沢病院横を八幡山駅へ抜ける現赤堤通りは「古府中道」と呼ばれていて、甲州街道ができる前(ちなみに甲州街道開通は1602年で、江戸時代初期)は滝坂へは向かわず、こちらが府中へ向かう道として使われていたという。
であれば、現在の区堺や医王寺の存在を考慮すると、こんなルートで人見街道へ合流し、府中に向かっていたのではないかと推測してみた。今の人見街道は途中から牟礼→大宮八幡宮へ向かっているが、もともとの人見街道はこっちへきていたのである。
滝坂道がかつて古府中道だとすれば、その歴史は非常に古くまでさかのぼれるのではないかと思う。江戸(もちろん当時は江戸城はありません)から府中へ向かう道……つまり国府と江戸を結ぶ主要街道として使われていたのである。
上の地図には一部写真も貼り付け、解説も増やしてみたので興味のある方は「大きな地図」でみてみてくださいまし。
追伸:滝坂伊東の甲州街道は江戸時代に整備されたもので、それ以前は甲州道として滝坂道が使われていたという。滝坂から府中まではつながっていたわけだ。赤坂から滝坂道というルートは甲州街道が整備されるまでは江戸と府中(さらには甲州)を結ぶ重要な街道だった。をを、そう思うと面白いではないか。
追伸:sj2006さま。どうもシステムの不具合かなんなのか、sj2006さまのコメントが表示できなくなっているようです。せっかく有意義なコメントをつけていただいたのに申し訳ない。とりあえず、sj2006さまのコメントも参考にして、古府中道もつけてみました。
もしここをごらんになられましたら、メールで古道談義でもいたしましょう(^^;)。
