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紀貫之は、「ネカマ」なのか?
 
 日記はジャーナリズムである。カエサルの「ガリア戦記」は今で言う、ジャーナリズムのはじまりと言る。そこに記されたカエサルの言葉こそ、まさに文学だ。”来た、見た、勝った!”
 また日記は、為政者にとって歴史の正統を後世に伝える手段とも言えるだろう。明治の元勲は、後世に読まれることを前提に日記を書いた。
 
 平和な時代においては。過去の暗く重苦しい戦争下で書かれた日記は、貴重な資料であると同時に、人間の生きた証として輝きを失うことはない。「アンネの日記」「ベルリン日記」しかり。
 もはや文学である。
 
 
 日記文学というものがある。
 日本における嚆矢は紀貫之「土佐日記」であろう。古典の授業でも習う名著だ。書き出しは誰もが知っている。
 
 
”男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。”
 
 
 つまりだ。
 紀貫之は日記文学の最初であると同時に、(今でいうところの)ネカマの最初でもあったわけだな。
 
 現在、ネット上で様々な日記が発信され、消費されていく。正しい情報や嘘もある。情報社会の遙か前(1000年以上も昔だ!)に、ネカマだった紀貫之は画期的すぎる。
 
 ちなみにネカマとは「根っからのオカマ」という意味ではない。
 
 
 ここまで書いてなんだが、紀貫之=ネカマ説は多くの人が指摘している。物事を理解する第一は、自分のレベルにあわせることが大切。研究者の方々、怒らんでくださいまし。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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2007年1月10日水曜日