創世記
 
 
第401号  ノアは義人    03/07/15
 
    ノアは主のために祭壇を築いた。
    そしてすべての清い家畜と清い鳥のうちから取り、
    焼き尽くす献げ物として祭壇の上にささげた。
    主は宥(なだ)めの香りをかいで、御心に言われた。
     「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。
     人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。
     わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、
     二度とすまい。
     地の続くかぎり、種蒔きも刈り入れも
     寒さも暑さも、夏も冬も
     昼も夜も、やむことはない。」
               ( 創世記 8章20〜22節 )
 
                And Noah builded an altar unto the LORD;
                and took of every clean beast, and of every clean fowl,
                and offered burnt offerings on the altar.
                And the LORD smelled a sweet savour;
                and the LORD said in his heart,
                I will not again curse the ground any more for man's sake;
                for the imagination of man's heart is evil from his youth;
                neither will I again smite any more every thing living,
                as I have done.
                While the earth remaineth, seedtime and harvest,
                and cold and heat, and summer and winter,
                and day and night shall not cease.
                                                            ( GENESIS 20〜22 )
 
 
創世記の6章から9章までの相当ながい「ノアの物語」であるが、ノア本人についての
「その世代の中で、ノアは神に従う無垢の人であった。」という紹介は実に意味深い。
ここを文語訳で読むと・・・
 
    ノアは義人にして其の世の完全(まった)き者なりき
    ノア神と偕に歩めり。
               ( 創世記 6章9節 )
 
神の側からみた人の評価の一端がここに現れているが、それでは何ゆえにノアが義人で
あり、完全であり、かつ「神と偕に歩めり」と言われたのであろうか・・・と、思索
してみる。確かに彼は神からの指示を守り、おっしゃられた通り「箱舟」をつくり、
家族も家畜や動物たちも一緒に「箱舟」に入り、洪水の大きな難から逃れている。
 
「ノアは主のために祭壇を築いた。」
今日、冒頭にご紹介したこの聖句は一つの大きな示唆をわたしたちに与えているように
思える。人が神に向かって祭壇を築くという事、その行為はカインとアベルにまで遡り、
神との交わりに欠かせないものであると、聖書は教えているようである。
ノアはこのことをしっかりと心に把握していたといえる。
だから箱舟から出た後、まず「祭壇」を築き神の向かって献げ物を捧げている。
神はこれを大変に喜び受け入れて、その後にはノアと彼の息子たちに「祝福」を与えて
いる。これが「ノアの契約」といわれるものである。
 
    ・・・・
    水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。
    雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、
    すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。
               ( 創世記 9章15〜16節 )
 
さて、贖罪のこひつじである主イエスさまを私たちが「天のエルサレム」の祭壇に
捧げて「礼拝」をなす時に、「聖なる者」とされ、神との交わりが与えられてくると
ヘブル書の著者は次のように語っております。
 
    ただ、一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、
    わたしたちは聖なる者とされたのです。
               ( ヘブル書 10章10節 )
 
ですから「ノアは義人」という断定は、我らが日常に考える道徳的な意味での「義人」
ではないということがわかります。
 
 
 
 
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