第165号 生命を救ふ 02/03/13
おそるるなかれ
我あに神にかはらんや
汝等は我を害せんとおもひたれども
神はそれを善(よき)にかはらせ
今日のごとく
多の民の生命を救ふにいたらしめんと
おもひたまへり
(創世記 50章19〜20節)
これは父の死後、ヨセフが兄弟達に語った慰めのことばである。
この第50章をもって創世記が完結している。
「真理の苗床」と呼ばれるこの聖書の第一の書のこうした結論を見る時、
「人類を救う」という神のみこころが浮かび上がり、聖書66巻をして
そのめざす思想は『救済』ということだと推察できるのだ。
父の愛を一身にうけた少年ヨセフが綵(いろどれ)る衣を着ていた姿に
主イエスさまを重ね合わせてみると、不思議にも数々の共通点がみられる。
頁を繰りながらそれを箇条書きにしてみよう。
父の愛を一身にうけたヨセフ
兄達の罪を指摘するヨセフ
夢見るヨセフ
兄達に妬まれたヨセフ
銀20枚で売られたヨセフ
神ともにいまして亨通者(さかゆるもの)であったヨセフ
無実でありながら獄に繋がれたヨセフ
当をえた夢の解きあかしをなしたヨセフ
エジプトのパロ王の前に立ったヨセフ
祭司の娘と結婚したヨセフ
30歳にして大宰相となり活躍をはじめたヨセフ
罪の悔改めを求めたヨセフ
弟であるベニヤミンを慕うヨセフ
『奴隷』というキーワードを用いて罪を意識させたヨセフ
父の家族全ての救いを成し遂げたヨセフ
父との劇的な対面をしたヨセフ
兄弟達の一切の罪を赦したヨセフ
エジプトにおける大いなる権力者であったヨセフ
さて、目に見えぬ『神』をなかなか信じられなかった兄達は
このエジプトに於ける衣食住の心配のない豊かな環境の中に移されても
父イスラエルの死後やってくるであろう「審き」に心がゆれ動いている。
ヨセフの兄弟等その父の死にたるを見ていひけるは
ヨセフあるひはわれらを恨むることあらん
又かならずわれらが彼になしたる諸々の悪に
むくゆるならんと
(創世記 50章15節)
ソロモン王の『箴言』の中にこういう一節がある。
悪者(あしきもの)は逐(お)ふ者なけれども逃げ
義者(ただしきもの)は獅子のごとくに勇まし
(箴言 28章1節)
これはあたかもヨセフの兄達とヨセフのことをいっているようだ。
兄達の様子をみながらヨセフはきっとこう思ったであろう。
聡明(さとり)は人に怒(いかり)をしのばしむ
過失(あやまち)を宥(ゆる)すは人の栄誉(ほまれ)なり
(箴言 19章11節)