第400号 ことばの力 03/07/14
ルツが腰を上げ、再び落ち穂を拾い始めようとすると、
ボアズは若者に命じた。
「麦束の間でもあの娘には拾わせるがよい。
止めてはならぬ。
それだけではなく、刈り取った束から穂を抜いて
落としておくのだ。
あの娘がそれを拾うのをとがめてはならぬ。」
(ルツ記 2章15〜16節)
And when she was risen up to glean,
Boaz commanded his young men, saying,
Let her glean even among the sheaves,
and reproach her not:
And let fall also some of the handfuls of purpose for her,
and leave them, that she may glean them,
and rebuke her not.
( RUTH 2:15〜16 )
権威ある「ことば」、その「ことばの力」がここに表現されている。
「ルツを恵んであげたい」という気持ちの動きがまずあって言葉が発せられる。
この場合は刈り入れの責任者である若者に命じたボアズの言葉であった。
それは不思議といえば不思議な「ことば」であった。
この言葉がどんな結果をもたらしたであろうか?
ルツとナオミは過去の一切の悩みとその時に流したであろう多くの涙を忘れることが
出来ただけでなく、彼らは「霊と肉」の両面に豊かな祝福をいただいたのであった。
特に印象的なのは・・・
手の穂をことさらに彼がために抜き落として
彼に拾はしめよ 叱るなかれ (文語訳)
この「ことさらに・・・」という言い方から「祝してあげよう」という意志が見える。
それからのルツの働きぶりが目に見えるようだ。
目の前には「拾ってください」とばかり、そこにもあそこにも「落ち穂」がある。
決して自分が器用だから、賢いから・・・ではない。
見る見るうちに手元の袋は一杯になってゆく。
自分に注がれている「恵みと憐れみ」が感じられる。
ルツはこうして日が暮れるまで畑で落ち穂を拾い集めた。
集めた穂を打って取れた大麦は一エファ(約23リットル)ほどにもなった。
それを背負って町に帰ると、しゅうとめは嫁が拾い集めてきたものに
目をみはった。ルツは飽き足りて残した食べ物を差し出した。
(ルツ記 2章17〜18節)
主イエスさまは本当にいつも不思議なことをなさって我らを喜ばせてくださる。
そこには、こうした隠れた「ことば」が主の御口から発せられているという事実が
浮かびあがる。キリストのことばはわたしたちを養う「生命のパン」、
これを常に賜わる「神の教会」の貴さを思う。
ここで死にかかっていた僕(しもべ)の病いを助けていただきたいと願った百人隊長が
主イエスさまに対して語った、じつに「的を得た言葉」が思い出されるのだ。
主よ、御足労には及びません。
わたしはあなたを自分の屋根の下に
お迎えできるような者ではありません。
ですから、わたしの方からお伺いするのさえ
ふさわしくないと思いました。
ひと言おっしゃってください。
そして、わたしの僕をいやしてください。
( ルカによる福音書 7章6〜7節 )