ヨシュアよりルツまで
 
第344号  神の救いのご事業     02/11/15
 
    マノアは子山羊と穀物の献げ物を携え、岩の上に上って
    主、不思議なことをなさる方にささげようとした。
    マノアとその妻は見ていた。
    すると、祭壇から炎が天に上るとき、
    主の御使いも、その祭壇の炎と共に上って行った。
    マノアとその妻はそれを見て、ひれ伏して顔を地につけた。
               (士師記 13章19〜20節)
    
    So Manoah took a kid with a meat offering,
    and offered it upon a rock unto the LORD:
    and the angel did wonderously;
    and Manoah and his wife looked on.
                For it came to pass,
                when the flame went up toward heaven from off the altar,
                that the angel of the LORD ascended in the flame of the altar.
                And Manoah and his wife looked on it,
                and fell on their faces to the ground.
                                                            ( JUDGES 13:19〜20 )
 
 
歴史的に、この士師の時代を大掴みしてみよう。
「士師記」というのはヨシュアの死(紀元前1,380年)からサムエルの誕生
(紀元前1,100年)までを綴っているのだが、手元にある新共同訳聖書で
順番に目次を書き写してみると次のようになる。
 
    カナンの征服
    主に背く時代が興る
    オトニエル
    エフド
    シャムガル
    デボラとバラク
    デボラの歌
    ギデオン
    アビメレクの過ち
    トラ
    ヤイル
    イスラエルの罪と罰
    エフタ
    イブツァン
    エロン
    アブドン
    サムソン
    ダン族の移動
    ベニヤミン族の犯行
 
今週いっぱい読み進めた「サムソン物語」は最後の士師の物語りということになる。
ヨシュアが110歳で死に、その世代が皆死に絶えてから、その後には主を知らず、
主がイスラエルに行なわれた御業も知らない別の世代が興った。
彼らは自分たちをエジプトの地から導き出した先祖の神なる主なる神を捨てて、
バアルなどという周囲の国の神々に従い、これにひれ伏して主を怒らせた。
そのことから、主はイスラエルに対し怒りに燃えて彼らを略奪者の手に任せ、
略奪されるままにし、周りの敵の手に渡された。主の御手が彼らに立ち向かい
災いをくだされたのである。そうして彼らは苦境に立たされたのであった。
その彼らの為に主は士師たちを立て、常に共にいまして、その士師たちの存命中
彼らイスラエルを敵の手から救って下さった。彼らを圧迫し迫害する者に苦しめられて
うめく神の民イスラエルを、主が哀れに思われたからである。
その期間は相当に長く、実に280年余の歳月が流れている。
イスラエルの敵となった周辺の国々を数えてみると次の6ヶ国であるが
    アラム、モアブ、カナン、ミデアン、アンモン、ペリシテ
サムソンはこの最後の強敵ペリシテ人に挑むべく、主が起こされた士師であった。
 
    イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを
    行なったので、主は彼らを四十年間、ペリシテ人の手に
    渡された。
               (士師記 13章1節)
 
どう考えてもこの強敵ペリシテ人からの救いはありえないもののようであった。
全くの闇夜のような圧制下の苦しむイスラエルに対して、天からの聖業が始まって
ゆく。不思議にそれはまず「主の天使」のお告げから・・・
 
    あなたの親類のエリザベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。
    不妊の女と言われていたのに、もう六ヶ月になっている。
    神にはできないことは何一つない。
               (ルカによる福音書 1章36〜37節)
 
ちょうど洗礼者ヨハネや主イエスさまの誕生を思わせるサムソンの誕生であった。
実にここは「神の救いのご事業」の伏線としておかれているようにも思われる箇所で
ある。冒頭の「主の御使いも、その祭壇の炎と共に上って行った」というあたりは
人間業を越えた超自然の世界が描かれている。
 
    わたしは母の胎内にいたときからナジル人として
    神にささげられているので、
    頭にかみそりを当てたことがない。
    もし髪の毛をそられたら、わたしの力は抜けて、
    わたしは弱くなり、並の人間のようになってしまう。
               (士師記 16章17節)
 
こうした「サムソンの秘密」を考えてみると、神がイスラエルを救う為の手立てを
お考えになりそれを推し進めておられるが、それに対し敵なる悪サタンがいかにして
「肉の力」をもってそれを阻もうとしているかが窺われる。
 
サムソンがサタンの手に陥りデリラによって一敗地にまみれたかに見えた最後になって
「己を捨てる」という自己犠牲に導かれ、遂には驚くべき逆転大勝利を勝ち得ている。
 
最後の士師であったサムソンがこうして、強敵であったペリシテ人を撃ち破ることに
より、イスラエルの新しい「希望の時代」の到来を迎え、信仰篤き少年サムエルが
主によって興されていったという次第である。
 
 
 
 
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