ソロモン以後
 
第291号  伝道者ヨナ   02/08/14
 
    ヨナは魚の腹の中から
    自分の神、主に祈りをささげて、言った。
      苦難の中で、わたしが叫ぶと
      主は答えてくださった。
      陰府(よみ)の底から、助けを求めると、
      わたしの声を聞いてくださった。
                  (ヨナ書 2章2〜3節)
 
                And said, I cried by reason of mine affliction
                unto the LORD, and he heard me;
                out of the belly of hell cried I,
                and thou heardest my voice.
                For thou hadst cast me into the deep,
                in the midst of the seas;
                                                                          ( JONAH 2:2〜3)
 
 
伝道者ヨナの数奇な生涯。
このヨナ書は面白い・・・!
主イエスさまもこの書を読まれているのだ。
ニネベの人々に対する「しるし」となったヨナ、という点に注目しておられる。
 
神の審きが近いことを語るヨナ。
このヨナが魚の腹の中に三日三夜いたこと、
そして、神のことばを伝えるためにやってきたという事実。
彼の魚の腹からの「よみがえり」ということが「しるし」となって
ニネベの人々に神のことばが伝わった。
 
これはまさしくキリスト・イエスさまの予表である。
その時、ニネベの王のとった態度と言葉が次の様に録されている。
 
    王は王座から立ち上がって王衣を脱ぎ捨て、
    粗布(あらぬの)をまとって灰の上に座し、
    王と大臣たちの名によって布告を出し、
    ニネベに断食を命じた。
     「人も家畜も、牛、羊に至るまで、
      何一つ食物を口にしてはならない。
      食べる事も、水を飲むことも禁ずる。
      人も家畜も粗布をまとい、ひたすら神に祈願せよ。
      おのおの悪の道を離れ、その手から不法を捨てよ。
      そうすれば神が思い直されて激しい怒りを静め、
      我々は滅びを免れるかもしれない。」
               (ヨナ書 3章6〜9節)
 
こうしたニネベの人々の悔改めがどれほど神のみこころにかなったか。
神がいかに慈悲深いお方であるか、ヨナと神さまとのやりとりを通して、
聖書全体をほとんど覆っている「審きはもうすぐだ」という「ふんいき」を、
「罪と罰」という言葉で表現してしまいたいようなその「ふんいき」を、
全部覆してしまうほどの「あわれみ」の心が我々にも伝わってくる。
 
    神は彼らの業、彼らが悪の道を離れたことを御覧になり、
    思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた。
               (ヨナ書 3章10節)
 
主イエスさまがカルバリーの丘で十字架に架かり、血潮を流し、
御肉を裂いて、私たちの為に生命を捨てて下さった。
そして黄泉まで下って、罪深い人々の閉じ込められているところまで下ってゆかれ、
「みなさんがたにも、まだ救いがありますよ」と「福音」を伝えて下さった。
そしてまさしく「よみがえり」を果たしてくださった。
何という大きな「神のご慈悲」であろうか・・・・。
使徒ペテロはその隠された真理を啓示されてこういうのです。
 
    キリストも、罪のためにただ一度苦しまれました。
    正しい方が、正しくない者たちのために苦しまれたのです。
    あなたがたを神のもとに導くためです。
    キリストは、肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。
    そして、霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って
    宣教されました。
    この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、
    神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。
    この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って
    救われました。
               (ペトロの手紙 一 3章18〜20節)
 
神はいまも切に人類の「悔改め」を求めておられる。
ニネベの王のように、大臣たちのように、多くのニネベの人々のように。
しかし「福音」の宣教者である肝心のヨナは神のこの態度に不満をならす。
彼はニネベの滅びが現実のものとならないことに大変に怒った。そして・・・
 
    わたしには、こうなることが分かっていました。
    あなたは、恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、
    災いをくだそうとしても思い直される方です。
    主よどうか今、わたしの命を取ってください。
    生きているよりも死ぬる方がましです。
               (ヨナ書 4章2〜3節)
 
主なる神はヨナに語りかけておられる。
そしてとても面白い方法で、ヨナのこころを慰め説得しようとなさった。
それは一見自然の動きのようであるが、実はみな神のみ業であった。
 
ヨナの頭の上に陰をつくった「とうごま(ひさご)の木」がスルスルと生えて、
そのお陰でそのところを涼しく、快適な場所にした。
それは彼を大いに喜ばせ、こころの不満をいっときは取り除いたが、
翌日の明け方に虫がやってきて食い荒らしてしまい、その木は枯れてしまった。
そしてふたたび太陽と、焼けつくような東風がやってきたので、
彼はぐったりして、再び死ぬことを願っている。
 
    神はヨナに言われた。
    「お前はとうごま(ひさご)の木のことで怒るが、
     それは正しいことか。」
    彼は言った。
    「もちろんです。怒りのあまり死にたいぐらいです。」
                (ヨナ書 4章9節)
 
「惜しい」という気持ちがヨナに起こった。
神さまがいかにニネベを「惜しい」と思うか、
「私の気持ちがわかるだろう」という思いがけない説得の仕方である。
実に面白い物の言い方である。
 
    お前は、自分で労することも育てることもなく、
    一夜にして生じ、一夜にして滅びた
    このとうごま(ひさご)の木さえ惜しんでいる。
    それならば、どうしてわたしが、
    この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。
    そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、
    無数の家畜がいるのだから。
               (ヨナ書 4章10〜11節)
 
 
 
 
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