遠く、鶯のさえずりを耳にして朝早く近くの里山を歩くと、名も知らぬ可憐な草花の群生に目が止まった。背景の桃の木々にはすでにグリーンが鮮やかに一斉に吹き出していた。
朝6時、里山を「愛犬ジュニア」と共に踏み込んで、春を満喫した。右手前には花の終わったばかりの桃、その奥が若葉の成長著しい枇杷(ビワ)、さらに奥に見えるのが「愛媛みかん」の樹である。小鳥のさえずりは心地よい。
ワー・・・目を剥いた。凄い数の種がひとつの束の中にぎっしりとそれもきれいに整然と、ベージュの大きな手のように、そーー「シュロの樹」です。数えてみると大きなのが5つ、それに下から小さいのが2つ。庭の一番片隅に大きくなった「古木シュロ樹」でした。
庭の東側に大雪と見まがう「真白」の大手鞠。つい先頃までは薄いグリーンが残っていたのですが、今朝はもう驚く程の「真っ白の鞠」がたわわに・・・、それはそれは観る者を圧倒させます。今、その手鞠のような花びらはハラハラと粉雪のように辺り一面に舞い降りることでしょう。
雨の音。やっぱり粉雪・・・、いや「大手鞠」の下だけに一面に広がる純白の花びらでした。刻々と季節が歩みを続け、天来の恵みがやってきたので「光と影」がバランスよく収まりました。遠景に見える数点の「紅色」は今を盛りの「さつき」たちです。
雨あがり・・・、裏口の扉を開け放って目を挙げた。朝の光を一杯に受けて、「シダ」の新芽がグーンと大きく育ち、輝き出していました。天からの生命をしっかりと受け止めようと全開した姿勢に感動を覚えました。
初夏の陽光を存分に浴びて「柏葉アジサイ」は開花目前までやってきました。もうすぐ玄関前に移動しましょう。昨日の雨ですっかり勢いづいたようですね。花房の先端がどれもこれも曲線を描いて下方を向いて、でも「これ我が特徴なり」という声が聞こえますよ。
庭の一隅でたいそう艶やかに咲き誇っていた「さつき」の大株にも退場の時がやってきたのですが、やがて株の根元一面に処狭し・・・と花びらが広がり、香り紛々、ここ数日、意外性豊かな演出をしておりました。かつてソロモン王が歌った「香り草の花床」(雅歌6:2)とはこんな感じなのでしょうか?
実は「庭の花たち」の中に入れるべきか考えてしまったのが・・・これ!紅葉(もみじ)の花です。この小さな花たちに珍しいコンビがこのチョウチョ(名不詳)です。写真をご覧下さい。春には紅葉に小さな花が咲くのですね。それを待っている小さな生き物がいるのですね。こうして自然がバランスよく補完し合っている。本当に美しい!ハレルヤ!
『柏葉アジサイ』の登場です。長い間うつむいて、裏庭に佇んで・・でも観て下さい。今朝はしっとりと天からの雨を受けて、こうして凛と背筋を伸ばしていますよ。いつかは「この日」が来ると思っていました。聖句を思い出しました。家を建てる者の退けた石が隅の親石となった。これは主の御業 わたしたちの目には驚くべきこと。今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び踊ろう。(詩篇118:22〜24)
梅雨たけなわです。今日は「睡蓮の群生」をご覧下さい。祈って植えた「睡蓮」の子株でした。元気よく毎年繁殖を繰り返し、ずんずんと湖水に広がって行きました。楽しみにしてピンクの花を数えていましたが、今年はもうとても数えられません。『過去のあなたは小さなものであったが、未来のあなたは非常に大きくなるであろう。』(ヨブ記 8章7節)
幼稚園の学芸会で踊る園児たち、頭には大きなリボンを着けて・・・ほら、あそこにもここにも・・みんなニコニコ笑っているよ。『純白』というのは本当にチャーミングですね。その魅力を表現しようと脚立を持ち出し、少し上から写してみました。角度を色々と変えてみると、意外な面白さが出てきました。聖句をひとつ・・・『わが愛する者は白くかつ紅にして萬人の上に越ゆ』(雅歌5章10節)
田舎の良さは色々とあるけれど、花作りを趣味程度に楽しんでいる農家が「こんな素敵な花が咲いたよ・・・」と昨日もそれを直売の花コーナーに出していた。うんと手頃な値段をつけたので、通りかかった私たちの手を延ばさせた。ルンルン・・・と、わが家に戻るや見事!に、その花たちはわがダイニングルームに華やぎを与えたのである。『わが愛する者よ われら田舎にくだり村里に宿らん』(雅歌7章11節)
爽快・・・ヒンヤリとした空気、朝の光を浴びて里山を楽しみ、愛媛教会の庭に一歩足を踏み入れると、夜露に濡れた草木が輝いていた。玄関前に目を移すと、赤白紫そして若緑の鉢植え達が気品よく並んで私を招いていた。驚いた・・・。「生命の輝き」がここに在るからなのだろう。『園の泉は命の水を汲むところ』(雅歌4章15節)
奥まった花壇のアジサイの一群にシャンシャンと降り注ぐ雨、この時を待っていたかのように一斉に満開となってあたりを歓喜の光で満たし輝かしている。四季の巡りの中、梅雨はこの花たちにとっては喜びに満ちた季節なのだ。『その恩滴(したたり)は野の牧場(まき)をうるほし小山はみな歓(よろこ)びにかこまる』(詩篇65篇12節)