『第9回 マラウイ伝道の記録』
 
 
    乃ち言ひたまふ『或る貴人、王の権を受けて帰らんとて遠き国へ往くとき、
    十人の僕をよび、之に金十ミナを付して言ふ「わが帰るまで商売せよ」
                      (ルカ伝19章12〜13節)
 
 
2008/8/19(火)   TG649便 福岡         11:45・・・・15:05 バンコク
         20(水)   TG703便 バンコク     00:15・・・・06:25 ヨハネスブルグ
 
 
       21(木)   SA170便 ヨハネスブルグ 11:30・・・・13:55 リロンゲ
 
  ヨハネスブルグの空港は目覚ましく変貌していた。2010年のワールドカップ開催に向けて急ピッチで工事が進んでいた。今やターミナルもウイングもほぼ完成に近づいている。待合室に座っているわたしたちに声をかけて来た紳士がいた。彼は主の福音を聞き受霊した。
    受霊:グッドソンGOODSON G. TIDANA 午前9時30分
             JIKA MALAWI OFFICE  P.O.BOX 30321 LILONGWE
                                           TEL. 01-771-644
                                           CEL. 09-577-067
  彼はセブンスデー教会のメンバーで、ジャイカに16年間勤めている。中々よい人物であった。
 
  マラウイ国に入国してまず両替した。米ドル500が72、500クワチャであった。
 
  空港から伝道基地(ボコシ村)まで:ハレルヤ!と笑顔で出迎えた愛兄姉たちがトヨタのトラックに50人ほどが乗込んだ。私と礼子牧師は助手席に乗込み、中国教会の太田兄はみんなと同じ荷台に。彼はスーツケースの上に座ったが両足は動かせぬ程ぎっしりで、車は悪路を砂煙りをもうもうと立て乍ら進んだ。トラックとすれ違った2頭のロバは「こりゃたまらん」と蛇行したそうだ。
 
 
        22(金)
 
  太田兄の夢:私たちとニコデモさんが登場して、大きなサークルを小さくしようとするサタンの霊が3つ動いているのを見た。我らは「それはならじ・・・」とそのサークルを大きくしようと働く。遂に「バン!」と大きくなり「水と霊」が勝利した。我らは草むらの中に道が出来たのをみてそこを進んでいった。それは27日、洗礼の為に歩いたチバーラの草原だったそうだ。
 
  太田兄の証し:この3月末に40年間勤めた会社を退職した。現在57歳。まだ6年はしっかり働けるのに何故?と人々は問うた時、とっさに「体力の有るうちにアフリカへ、南米へ行きたい!」と返事をしたら本当にその通りになってきた。ことし秋10月にはブラジルの大聖会という予定が入ったのだ。すごい! 実は今年1月のこと、ある会合で顔を合わせたかつての上司(工場長)がふと言った。「太田君、世俗的な仕事はもう辞めるんだな・・・」、その一言。彼はこれを「神の声」と聴いたのだという。
 
  トラックのレンタル交渉では空港出迎えの昨日は140米ドル。今後5日間は100米ドルづつで、合計640米ドルだという。それでよい。この度の会計の御用を太田兄にお願いした。彼はまずは一人当たり500米ドルづつで、1500ドルをプールした。
 
  今日の洗礼は3名(男子・・1名、女子・・2名)であった。午後3時頃のこと。少年と若い婦人、幼児。メングエの池にての洗礼式で、15ー6名の愛兄姉と共にゆく。池の水量は2月の時よりもうんと少なくなっていた。洗礼の帰り道でオルマン兄は言った。「夢は実現する!」
 
  今回、我らの電話連絡が不能であった理由を聞くとピリ兄の手持ちの携帯が壊れた為であった。彼は静かに主イエスを待っていた・・・という様子が窺えた。夕食はケチャップで味付けたお米のごはんとニャ−マ(牛肉)であった。星空はいつものように全天に美しく輝いていた。
 
  日本語オリジナルの霊讃歌を愛兄たちや子供たちに礼子先生と太田兄が教えた。彼の携帯にはCD霊讃歌が順序よく見事に入っており、我らはこれを聞き乍ら歌った。それは非常に小さな音量であったが。小さい事だけどこれは不思議な動きと感じた。主イエスさまは何事をして下さるのであろうか?
 
  夜、トラックのオーナーがカローラ(走行距離14万キロ)を持って来て無料で貸すという。燃料代だけはこちら持ち・・・という。どうか? そして翌日になると、その燃料代は一日当たり50米ドルだという。最初の話とは違うではないか!いらないよ!
 
  ピリ兄の話によると、コンゴ難民の兄たち二人がやってきた。その名はアセンデ兄BYOSE ASENDE,  フィジ兄BARAKA FIZI といった。この人々はタンザニア・ニャルグスキャンプで「水と霊」に与り、モザンビークを経て、昨年、ここのザレカキャンプに移ったという。
 
  過ぐるオリンピックを思い出しながら聖句をひとつ:ヘブル書12章1〜2節。「忍耐をもて我らの前に置かれたる馳場をはしり、信仰の導師またこれを全うする者なるイエスを仰ぎ見るべし。」"LET US RUN WITH ENDURANCE THE RACE THAT IS SET BEFORE US, FIXING OUR EYES ON JESUS, THE AUTHOR AND PERFECTER OF FAITH."
 
  ピリ兄の夢(その1):天よりのロープ、掴まれ!彼は天に引き上げられ天国を見た。そこは美しい処で「これを地にいる人々に伝えよ」と言われた。
ピリ兄の夢(その2):大川を渡らねばならない。祈れ 祈れ 。一ケ所水の流れの狭い処が示され、ピヨンと飛び越えた。みんなも跳んだ。まもなく流れは大川に戻りもう渡れない。
ピリ兄の夢(その3):清き、生命を与える水があった。ピリ兄はそこに入り体を洗うと、幼児のような美しい皮膚に変わった。
ピリ兄の夢(その4):よき道を歩いて行くと門があった。門番がいて手には名前の書かれた本があり、ピリ兄の名があったので入る事が出来た。ピリ兄はその本に兄弟方の名前を全部書いたので、みんな無事に入ることが出来た。
 
  ピリ兄の質問(1):遠方の村々が「救い」を求めているが、果たして如何にするか? 答:唯、主を信じ、聖業を待ち望む。祈って時のくるのを待つ。
 
  ピリ兄の質問(2):あすの予定を変更して「新しいブランチ」の一つ、クタンボ KUTHAMBO村に行こうと思うが・・・いかが? 答:OK! 全ては主のお導きのままに・・・。
 
  日没後の安息日礼拝に49名参加、最後に聖餐式をした。聖句は使徒行伝4章11〜12節。天が下に我らが頼りて救わるべき名はイエスの他になし。・・・イエスを魂の糧として主が我らに与え給う時に我らは満足する。
 
 
        23(土)
 
  あてがわれた私の部屋はいつもの個室であった。ベットの下に寝袋を広げて坐った。それにはM. ODAのイニシャルが付いていた。これは昨年の参加者・小田正哉兄の寝袋だ。ありがたい!朝方空を見上げると、下弦の月が架かっていた。今回は星空を楽しませて頂くことになりそうだ。前回、病気で臥せっていたソロフィーナ姉は元気でご奉仕をしている。
 
  新しいブランチのクタンボ村はチブエBISON CHIBWE兄の母親(彼女はすでに逝去)の故郷。先月彼がその村の夢をみたことから、ピリ兄と兄弟方5人が自転車で朝8時ごろその村の伝道に出発、正午に到着し、伝道後、一泊して帰って来たのだそうだ。ピリ兄曰く:われわれがトラックで訪問する村にはいつも手みやげがいるのです。それは野菜2袋(K2000)、肉2キロ(K1000)、トウモロコシの粉25KG(K2000)。合計では5000クワチャが必要。今回のトラック運転手はシエンゴマ CHING'AMBA くんという青年だ。
 
  ジャイカJIKAのグッドソンGOODSON氏に電話してみると、ブランタイルに所用あり・・・とか。
 
  車は8時には来ていたが、出発は8時50分となる。ドワDOWAの中心で他のブランチの愛兄姉たちが来るのを待った。みんなで一緒に伝道に行こう!という事だそうだ。ドワの出発は9時35分でクタンボ村には10時45分に到着した。 「サマリヤを経ざるを得ず」。
 
  伝道集会(大木の木陰にて):ピリ兄はヨハネ伝4章のサマリアの女への主イエスの伝道の箇所を開けた。聖霊を受けよ。異言による祈り。異言は神に語るもの。光は東方より。
 
  今日の洗礼は18名(男子・・18、女子・・0)であった。谷間に下ること約15分。洗礼のための水の流れがあった。兄弟たちが流れを塞き止めて洗礼の場所を造った。全部男性で、その内、村のチーフも2人受けた。
 
  主のご聖餐は木の下にて93名。受洗しなかった人々も主のご聖餐を求める方には与ってもらった。神癒祈祷は礼子牧師が膏を塗って祈る。次々と15名ほど前席に出て来た。
 
  クタンボ村について:村のチーフの話によると、近くにマラウイ国の軍隊駐屯地があり、近年エイズが蔓延して兵士や妻たちが死亡し、幼い孤児たちが400名もいる。彼は教会の助けを求めていた。3時50分に出発して6時20分に帰着した。あたりはすっかり暗くなっていた。ハレルヤ!
 
  さっそく「先生!バス!」という声、感謝して洗い場に行き、気持ちのよいお湯で今日の汗を流した。夕食はライスと牛肉、豆、キャベツのソテー、それに美味のバナナ。その牛肉が固かったのであろう・・・太田兄の奥歯が欠けた。それにしてもよき伝道の一日であった。
 
 
        24(日)
 
  朝起きてみると快晴で風があり、洗濯を開始。今日予定していたカヤンボKAYAMBO村に葬式が入った為に、変更してセセ村となった。ピリ兄によれば、ここはきのう伝道予定の村であった。ピリ兄のよき理解者で、村のチーフでもあるMP(国会議員)のカニンガ KANINGA CHIPENI 兄は大変に喜んでいるとのこと。朝8時、我ら12、3名が讃美をしている時にすでにトラックがやってきた。皆は別段急ぐ様子でもない。ピリ兄のいとこに当たるリブネスLIVENESS姉が今回はじめて元気な姿で参加することとなった。
 
  ピリ兄の話によると先月の7月26日に、政府の通達でメングエ村が3つに分割された。MWENGWE1, MWENGWE2, BOKOSIの3つとなったとのこと。ここはボコシBOKOSI村となり、ピリ兄の長兄がチーフとなった。その日、祝賀会が我らの教会堂であったそうである。その意味を尋ねると「箱」BOXとのこと。不思議な命名であると思われた。
 
  10時30分出発、セセ村には11時20分到着。カニンガ兄が背広姿でニコニコして出迎えた。
伝道集会はチーフの庭の中の集会所にて12時30分より開始。ピリ兄御用:使徒行伝10章44より48節まで。天よりの異象、異言の祈りの大切さ。皆を水のバプテスマへと導く。霊讃歌は35番をチェチュア語、スワヒリ語、日本語で歌う。ラファエロ兄の御用:ヨハネ伝3章1から5節。
 
  きょうの洗礼は19名(男子・・11名、女子・・8名)であった。珍しく婦人方のみ救いがあった。昨年来の祈りと伝道の実が結んだ・・・と見えた。水場からの帰り道、わたしの前に歩いて行く婦人たち5〜6人がチェチュアの讃美をたのし気に歌いながら大きなお腰を振っていた。主イエスさまが救いの聖業をなされた・・・という喜びがあたり一面に広がっていた。
 
  今日のブライト兄の証しによると、思いがけない訪問客が遠方からセセにやってきて福音を聴き、心を開き「水と霊」を受けたのだった。それはハレルヤ!ほんとうに素晴らしかった。聖餐式は89名であったという。
 
  帰り道では太田兄は座るよりも立っている方がよい・・・とトラックの場所を確保する。17時45分に帰着した。「イーネ、イーネ(私を撮って)」「ジャンボラニ−(写真)」。これはチェチュア語。
 
  すっかりと暗闇が広がったあちこちから、さざめく笑い声が弾けている。焚き火の様に、あそこでは婦人たちが、こちらでは子供たちが、さらにこっちの片隅では青年たちが・・・、笑い声を立てている。ワ−という声々と共に「幸せ」が拡散して、私たちも幸せになる。その夜の南半球の美しい星空が見事であった。夜11時。間もなく月の出である。庭では婦人たちのたのし気な会話が続いていた。
 
  月が出ない満天の星空はハーモニーの豊かな世界で、星々の奏でる静寂は神を想わせる。神を慕わせる。そこに一旦、月が出ると全てが変わる、そして日が昇るともっと変わる。大切なものは何か、神を求むる心。「マジ・ディジム・・・」の世界である。
 
 
        25(月)
 
  午前5時に庭へ出てみると、まだ星空はにぎやかで下弦の月とオリオン座が中空へ架かっていた。
  
  金銭を求める魂には聖霊は乏しく、神の業の進展も乏しい。極貧が常態の世界であるここマラウイの農村には聖霊の働きは豊かである。そこに「聖霊を慕う魂」が近づくとその豊かさの質に心引かれる。物質の豊かさによっては得られない楽しみがそこにあると知る。
 
  「ザビノ、ザビノ」という言葉をよく耳にする。それは食事の席では・・・美味しい。携帯では・・・わかった・・・という相打ちのようだ。今日はロンゲ LONGWE村ヘ行く。そこはドワDOWA県の最果て、県境の村だそうだ。早朝のこと、7名の子供たちが焚き火を囲んで何事かを語り合っていた。けさは日本から持って行った「焼豚」を切って賞味した。今日のトラックはトヨタよりも少し小型の「三菱キャンター」であった。出発は9時30分。常のごとくロングエ村のチーフへのおみやげ類を仕入れる。M1とのジャンクションで物売り青年たちが車に近づき食品を手に持って売りに来る。珍しい「イチゴ」だったので、荷台の兄姉たちに・・・と全部買った。それは400クワチャであった。
 
  M1を左へ、空港に向かうチェックポイントまで行き、我らの運転手は警察から許可書を貰う。これはトラックに多くの人々を乗せる「特別の許可書」である。政府はこうして教会活動に便宜を与えているのだ。それからM1を北上してセセではカニンガ兄の家族たちを乗せて行く。ポネラ MPONELAを通過し、さらにムチティ・ジャンクションを左に折れて赤土の道を行く。見渡す限りのサバンナ地帯を行った。涼しくて気持ちがよい。
 
  ロングエ小学校の校庭に到着したのは11時40分。可愛いい子供たちの大勢に取り囲まれる。我らは彼らが初めてみる白人(ムズング)たちである。今日はこの村に葬式があり、人々はそこに行っているそうである。ピリ兄と兄弟たちが三度ここにやって来て伝道したそうだ。何と!自転車で12時間の道のりであった。ピリ兄の親族の一人がここに住んでおり福音が及んだ。その名はベンソン兄(父方の叔父の息子・・・いとこ)。我らは村のチーフの来るのを忍耐して待った。村人の葬式には村人全員がでるのがこのマラウイ国の伝統である。
 
  伝道集会のこと。チーフが来たので1時30分より校庭にて開始した。ピリ兄が語り、オルマンBESTOR OLMAN兄がチェチュア語に通訳、またある時は逆に「掛け合い漫才」よろしく、あたりを動き回って語り散らす。その呼吸の合う説教は実に見事だ。
 
  聖句:使徒行伝1:5、2:1〜4、2:14〜16、10:44〜48、コロサイ書1:27、コリント前書14:2、14、15、28、29、38、39、ヨハネ伝4:21〜24。
 
  福音説教(その1):スタフォ−ド兄、ヨハネ伝3:1〜5。
  福音説教(その2):ピリ兄、使徒行伝2:37〜39、テトス書3:5〜6、ロマ書6:3〜5。
  福音説教(その3):稔、世界地図を示しながら極東の国・日本よりイエス之御霊教会が主によって興されたこと。エルサレムには約2000年前、東京には75年前に天よりの聖霊降臨あり、マラウイには8年前より、ロングエ村には今日より始まる。「マジ・ディジム・・・・」。
  福音説教(その4):ピリ兄、ヨハネ黙示録7:1〜3。神の印を捺す天使が東より昇ってくるとの預言がここに実現した。
 
  洗礼は6名(男子ー5名、女子ー1名)であった。場所は白い睡蓮が咲く小池にて。多くの若者たちの見守る中でのみ救いであった。少しの時間があったので神癒祈祷会をした。坐ってもらう椅子は少し濡れていた。聖霊待望会はもっともっとしっかりと!!受洗後も憂いに沈んだままの婦人ミシトニ姉が助けを求める仕草をしたので、「ルックアップ・ジーザス・・・」と言って天を指さした。チーフがいうには彼女は最近泥棒に大切なものをとられたという。救い主なる主イエスさまを知ることが一番大切である。
 
 
        26(火)
 
  深夜2時半:東天にはオリオン座、少し離れて小さく薄くなった下弦の月。星々は美しく瞬いていた。西天にはサソリ座、これは懐かしい。その時、日本とマラウイの違いとその落差を思った。膨大な物量に目が止まるとよくないと思う。我らは目には見えないもの、「神の子」である幸いを共に喜ぶという信仰的な視点に立つことが大切だ。
 
  夢を見た:オシラレイの植樹祭の光景。純基監督先生の司式の許、用意された苗木を植え付ける光栄。ハレルヤ! 今や、それは林となり、希望の園となっている。
 
  ピリ兄との話:今日予定の村ワザMWAZAから先程の携帯連絡で「政治的な会合」が入り、伝道は困難となったという。それでは今当面の課題であるマラウイ政府への教会登録レジスターに舵を切ってはどうであろうか? 昨日、ロングエ村で多くの人々が素晴らしい福音を聴き心を動かされながら、今一歩何故「水と霊」を彼らは躊躇したのか・・・と私がピリ兄に尋ねると、彼はこう答えた。この村の中の力ある者たちが「これは悪魔の宗教だから聞き従ってはいけない」といっている。理由は簡単、政府にレジスターをしていない教会だから・・・という。それならば、法治国家マラウイ国の法の下、行政の指導に従ってその作業に入ろう。では、今日は当局に出向き手続き等詳細を尋ねることにしようということになった。
 
  首都リロンゲ市に出掛け、1)マラウイ教会協議会 2)昼食 3)法務省 4)弁護士事務所へと行く。謙ることの幸い・・・を思う。試みに会わせ給うな・・・という祈りの言葉を「主の祈り」の最後にすべく我らに与え給うた主イエス・キリストのご慈愛を想っている。常に、この祈りを主に捧げてゆく事の幸いを感じている。
 
  今までの経緯を振り返って:「教会の政府登録」の件はピリ兄からの数年前からの要請であった。ここ数年の間に主のご訓育を受けて、福音の内容をいよいよしっかりと把握した神の器たちの相互愛と忍耐と宣教活動は燃えて強まって来ている。そこに立ちはだかる障害として、「教会レジスター」が登場した。これは責任を伴う案件なのでまだ弱く幼い教会である私たちはずっとこれを避けてきた。神のご支配を旨とする教会は「神政政治」であり「人間支配」を当然とする思考には馴染まない。しかしこうしてどんどん成長を続けている教会が「世との接触」をいつまでも非として避けて行くわけにはいかない。ロングエ村伝道によってこれが明白になった。いま主イエスさまのお導きを感じて首都リロングエに出向き、マラウイ政府の求める手続きの為にウイリアム・フオークナ−事務所の弁護士モーセ氏に面会した。彼はとても紳士的に受諾して下さり「わが教会」の教理・沿革などの英文紹介文を読み、勉強して、明後日3時には「登録申請」に必要な書類を作成いたします・・・と約束をしてくださった。
 
 
        27(水)
 
  チバーラ伝道の一日である。M1に面している村で知的水準も高く、その為いつもピリ兄には頭の痛い諸問題を投げかけるチバーラ村。今までは学校の教室で大々的に伝道集会をしていたが、何故か今回は違っていた。力ある女主人はリロングエに仕事があり、顔を見せない。粗末な裏庭の茅葺きの小屋での集会が午後1時20分から始まった。ピリ兄がまず立って「聖霊の祈り」を導き、皆が異言で祈った。
 
聖書:1)エペソ書2章13〜20節。新しき人を造った主。
2)ロマ書8章8〜9節。御霊、キリストに属す。
3)ヨハネ伝10章1〜2節。羊の門。
4)使徒行伝19章1〜6節。
5)使徒行伝10章47〜48節。
6)使徒行伝2章37〜39節。
7)使徒行伝16章15〜18節。
8)使徒行伝16章30〜34節。汝主イエスを信ぜよ、然らば汝も汝の家族も救わるべし。その後、ピリ兄がわたしを立たせたので「神の印」は御霊のことだ・・・と話した。
9)コリント後書1章21〜22節。
 
  この村のチーフV. H. THAMBWE氏が紹介された。彼の中にわたしは「よき、神を畏るゝの霊」を見た。
最後になって、ビッグニュースが飛び込んで来た。一昨日のロングエ村のピリ兄のいとこ(父親の弟の息子)からの電話であった。彼曰く、多くの人々が聖書の勧めが理解できて「水と霊」の真のみ救いを求めているからもう一度時間を作って伝道に来てほしい・・・。さっそく「では、明後日金曜日に行きます・・・」という返事をピリ兄はした。
 
  そして、喜びの火が燃え上がった。讃美が溢れて来た。洗礼の水場はいつもとは違う草原で、歩いて15分ほど、そこには美しい湧き水があった。ここが太田兄の夢の「草道」であった。そこで子供たちが多く救われ、輝きわたり、この群れの責任者であるヨセフ兄が最後の証し会の時に「主のなさった今日のみ救いは素晴らしかった」と感謝し喜んでいた。主のご聖餐は最初60名ということであったが、結局70名となった。
 
  洗礼は14名(男子8、女子6)であった。神癒祈祷会は6名。聖餐は70名。全てが終るとシーマとニャ−マのご馳走が出た。今夜も、星が美しい。
 
 
        28(木)
 
  月はいよいよ細く、「日の出」の直前になって東天に架かった。
 
  夢の中に珍しく村井スワ先生が出てこられて「私のパンは?」と尋ねられた。何の事か判らぬまま目覚めてぼんやりしていた。
 
  讃美・祈祷会:午前9時30分より11時25分まで。
 
  稔の御用:天のはしごをみたヤコブさんのこと。そこに天使の昇り下りする夢の話。
神が共に在したもうとヤコブは悟り、ここが「神の家・天の門」と悟った。
彼は神の与えられた全てのものの什一を捧げる・・・という恵みの「光り」を得た。
やもめ女がレプタ2つを神に捧げたことを大いに喜び給うた主イエスさまは5つのパンと2つの魚を祝し給い、5000人を養い給うた。ボコシ村の発足祝賀会は過ぐる7月26日であったそうだが、この献金箱がこの村ボコシの中心である。この箱の中に私たちは真心の捧げものを主イエスさまにお捧げする。主が祝し給う時、それが大きな力となる。
 
  オルマン兄の証し:兄弟たちの伝道のこと。あのロングエ村は遠く、自転車にて朝6時に出発し、走ること12時間。夕方6時に着く。たいていは水だけを手に持って行く。あるときのこと、途中で自転車が壊れてしまった。そこにいた人々に「水と霊」の福音を宣べ伝え、聖霊を受けるように勧めた。受霊した人が感謝して20クワチャを捧げた。それで自転車の修理がしてもらえたという。ハレルヤ。
 
  再度、リロンゲ市内へ向かう。午後1時10分に出発。
太田学愛兄がこの度の伝道参加記念として「チェチュア語の旧新約聖書」を50册、贈呈したい・・・と願われたので、市内の本屋に行き買い求めた。一冊が1、000クワチャ(約800円)であった。
法律事務所のモーセ氏は午後3時、登録申請に必要な「教会規則」のたたき台にと、彼なりの智恵を絞って書類を作り我々を待っていた。我らはこれを日本に持ち帰ってじっくりと検討することにする。主のお導きとご指導を求めて祈ろうと思う。辞するに際して、モーセ氏は手を合わせて祈り、貴い聖霊を受霊された。嬉しかった。ピリ兄は彼に「将来、教会運営で困ったことがおきたらご相談したい」と言うと、快諾し、「いつでも電話しなさい」と言ってくれた・・・と喜んでいた。
 
  夕方、帰宅後、ピリ兄がわたしの許に書類を持って来た。そこには今年の伝道記録が記載されていた。2月から8月までの什一献金は2、500クワチャとあり、その金額をわたしに手渡したので、受け取り、共に主イエス・キリストに感謝の祈りを捧げた。その後、トラックのオーナーがやって来たので明日よりの3日間の車代として300ドルを支払った。
 
  夜の集いには、兄弟方10人ほどが集まったのでイザヤ書35章を共に拝読した。またヨハネ伝6章27節「朽つる糧のためならで永遠の生命にまで至る糧のために働け・・・」を開けて、英語とチェチュア語で一緒に拝読した。そして霊讃歌の讃美を数々。
 
 
        29(金)
 
  太田兄がメールで日本と交信しているそうだ。奥様の律衣(のりえ)姉のメールによると、日本は天候が悪く雷雨が毎日続いているという。彼はよくお祈りをしているからだろう、主イエスさまのお導きがよく悟れるようだ。昨日の聖書50册の件のこともこう話すのであった。「今回の出発の前に杉井愛兄が『伝道献金です』と言い乍ら手渡されたものがあり、何に使わせてもらおうか・・・と祈っていたら、『聖書だ!』と気づいたのですよ。」ハレルヤ!「それはよかったね」。その時、杉井兄がいま英語を勉強している・・・という話題となり、太田兄がびっくりしたような顔をしたら、彼曰く「私・・・英語が出来ておかしいですか?」と言ったそうである。彼もまた海外伝道を志しているようだ。ハレルヤ!
 
  朝食後のゆっくりした時間にピリ兄の5人の子供たちのそれぞれの誕生日を尋ねた。
1)チコラス CHIKOLAS 12ー11ー1993
2)アルディ ALUDI   4ー4ー1995
3)ヘネレ  HENELE  4ー6ー1998
4)モデスタ MODESTER 3ー12ー2000
5)シリビア SILIVIA  14ー1ー2006
 
  ピリ兄がファイルから一枚の紙を出していた。これは数年前にドワ県知事から発給された「臨時の伝道許可書」である。今日はこれをロングエ村に持って行きます・・・と言った。いつものチーフへの手みやげの費用として6、000クワチャを手渡した。それでいつもの品々をゾンバZOMBAで仕入れる。
 
  8時40分にトラックが来て、次々と愛兄姉や子供たち、太田兄も荷台に乗込んだ。福音伝道の世界はまさに「ミナの例え話」の世界だ。10人に同じ1ミナづつ手渡して旅立った貴人の話。主イエスさまは誰にも同じく「聖霊と聖書と霊讃歌」を与えておられる。それはあの田原茂先生のお説教。使えば使う程増える世界であり、こうして大いに増やせば貴人(神なる主イエスさま)の誉れを受ける。使わないで「袱紗」に包んで持っているだけならば、神のみ怒りを受けてしまう。今、それを思い出している。これは先月7月23日の「教団ペンテコステ音楽大聖会」の恵みの一つだ。それに、今年87才の木村周先生のひとこと・・・「今は救いの時!」。このことばで、もやもやしていた全部がスーと解決して道が開けた。この度の伝道が一度キャンセルになった時に太田兄は「アフリカへと行こうとするといつも潰れる。自分にとってのアフリカは方角が悪いのかなーーー」と思い考え、平友也巡回先生に尋ねると、先生曰く「あなたが行ったら力になるから、サタンが邪魔して働いたのだ・・・と思ったらいいのですよ。」なるほど!
 
  途中の道は驚く程の広い道路工事が進んでいる。聞くと、マラウイ政府はこの道をM1のチバーラからドワの中心まで貫く予定だそうである。10時30分、セセ村からは6ー7人の愛兄姉が乗込んで来た。俄然、みんなが燃えて讃美の声が高くなった。車を揺らせて讃美「マジ・ディジム」が続いた。ロングエ村を目指してM1から左に折れて入ると大草原であちこちにマンゴの木が見えた。道ばたでさとうきびが30本ほど立てて売り出していた。聞くと「一本30クワチャ」。これを全部買って、荷台に乗っているみなさんの昼食代わりにした。ロングエ村には12時7分に到着した。ピリ兄のいとこであるベンソン兄BENISONI MDUKU (46) が出迎えた。
 
  今日の伝道集会は教室の中でどうぞ・・・と案内された。
さっそく70ー80名ほどを前にしてピリ兄が語りはじめた。
聖書:1)マルコ伝16章16〜18節。
   2)使徒行伝2章1〜4節、13〜17節。
それから、皆で異言にて祈る。終ると、彼は用意してた「ドワ県知事の伝道許可書」を出して、村のチーフたち、後部座席に一列に着席している面々に手渡し、「水と霊」の福音を明示していった。
   3)使徒行伝19章1〜7節。
 
スタフォ−ド兄:大声で、力強く福音を語った。
   1)ルカ伝24章47節。罪の赦しを得さする悔改めはエルサレムより始まり・・・。
   2)使徒行伝2章37〜39節。「水と霊のバプテスマ」
   3)ヨハネ伝3章1〜5節。主イエスとニコデモとの会話。
 
  ピリ兄:使徒行伝8章16節。洗礼と聖霊の二つのバプテスマのこと。そして、何か質問でもあればどうぞ・・・と言った。どこかの村のチーフであろう。難しい顔をした長老が立って何やら言い出した。英語の通訳の話では「自分は人々が『悪魔の教会が来た。そこは人を殺す教会だ』というので、ここにやってきたのだが・・・、話を聞いてみると聖書通りの本当の福音が語られているのを知って安心しました。」一同がそれを聞いてどっと笑った。
 
  洗礼式の為に先日と同じ水場に行く。100〜150人であろうか。みなゾロゾロと歩いていった。まずは20代の青年たち(男性)が次々と受けて、その度ごとに水場を取り囲む多くの人々が歓声を挙げた。先日の受洗者のひとり、あの憂いに沈んでいた婦人ミシトニ姉 LINILE MISITONI が変貌しており、嬉しそうに自分の子ども3人を次々とわたしの腕に手渡すのであった。「主のみを見上げる信仰」の貴さを思った。名簿を後で見ると25番目に、あのチーフ V. G. KUMPHANGA 氏が受洗し、ご両親の身代り洗礼も受けていた。素晴らしいことだ。太田兄はパントマイムよろしく、洗礼のお勧めをした時に、その人が深く頷いて水に入ったのであった。ハレルヤ! 洗礼は32名(男子24名、女子8名)であった。
 
  気づいた事は男性たちが長い洗礼着を好んで選び着けていた。それはおもに婦人たちのためにと用意されたものだ。着替えを手渡す係がその点、きちんとしなければならない。
 
  最後になって、水場のほとりでは激しいダンスが始まった。青年たちの満面の笑顔、はち切れるばかりの喜びの声々が辺り一面に沸き上がり、聖霊の火が燃えている・・・と嬉しくなった。わたしも飛び込んで一緒になって踊った。さずがアフリカは踊りの大陸だ。
 
  聖餐式のこと:喜んで浮き足立ったところをさっそくサタンに虚を突かれた。教室は満堂となっていた。いつもの係の愛兄に人数をピリ兄は尋ねていた。わたしの許に約200名という数字がきた。真ん中には多くの少女たちが座り込んでいた。まさかこの少女たちがほとんど全部、途中で抜け出るなんて考えてもいなかった。聖餐に与るために立ち上がって前に来てもらうように指示して間もなく、ぞろぞろ・・・と抜け出したのである。「主イエス・キリストの聖名」をもって牧師がプレートを持ち歩くことが、サタンに隙を与えないことなのだ・・・と改めて深く理解した。一昨日のスワ先生の夢「わたしのパンは?」の夢が私に大切な教えを与えた。牧師が手づから持ち回り「主イエスさまの御肉です」「主イエスさまの御血です」とひとりびとりに語りかけてゆく事はほんとうに大切なことだ。イエスの聖名に力がある。結局、聖餐に与ったのは約100名であった。全てが終ってトラックに乗ろうとして校庭を歩いて行くと、遠く離れた教室からあの少女たちが世の賛美歌の合唱をしている歌声が響いてきた。
 
  帰途は5時30分に出発した。すっかり暗くなりボコシ村のピリ宅に帰着したのは7時50分であった。疲れた・・・。
 
 
       30(土)
 
  今日、ピリ兄の当初の予定ではマタイ兄の村ベザであったが、最も遠いブランチの一つで、カスング県のチマ CHIMA 村から泣くように「来てほしい」という懇願が入ったらしい。そこはマラウイ湖に注ぐ大きなブワ河 BUWA RIVER に近い村である。昨年夏8月に「水と霊」を受けた人々はまだ幼く、周辺の人々から「サタンの教会だ」と言われて抗弁も出来ず苦しんでいる・・・とピリ兄がわたしに説明をした。今日は安息日なのだが、主のお導きがここにあるなら・・・と9時30分にはみんなと一緒にトラックに乗った。これはまさに「キャラバン伝道隊」だ。M1 を走りKASUNGU 町を右に入る。実に車で約4時間の道のりであった。でも、全部アスファルト舗装の道であった。我らはあすの午後にはマラウイに別れを告げねばならない。
 
  伝道集会のこと:聖十字架教会HOLY CROSS CHURCH の標識のある地点に小学校があり、屋根にはこの教会の寄付でこの学校が建ったという表示があった。まず、ピリ兄が立ち上がり讃美を指導し聖書を開け、共に祈った。村のチーフたち6名が後ろの席に一列に座してピリ兄の話を聞き、次々と立つ愛兄たちの福音の言葉も聞いていた。「聖き道」の話も静かに聞いた。然し別段、悪しき思いを持った様子はなかった。彼らは「水と霊」をはじめは「奇妙な」教義と考えていたが、次第に理解し始めた。
 
  御用・ピリ兄:1)コリント前書14章2節。異言は神に語るもの。2)使徒行伝10章44ー48節。異言は受霊の徴。3)テモテ前書3章16節。敬虔の奥義。4)コロサイ書2章12節。バプテスマは甦りの為。5)使徒行伝22章16節。バプテスマは罪の洗い清め。
  ブライト兄:1)ヨハネ伝3章1〜5節。「水と霊」のみ救い。2)エペソ書4章5節。主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。
  ラファエロ兄:1)使徒行伝4章12節。イエスの名に頼る。2)マタイ伝10章22節。人の子は来るべし。
  稔:イザヤ書35章1〜8節。聖道という大路を歩く。それは楽しみとよろこびの道。
 
  洗礼は14名(男子13名、女子1名)であった。ブワ河は美しい水の流れであったが、水は冷たく、水量は少なかった。チーフの一人はその洗礼の様子をみていて、最後に「また来て下さい」と言った。
 
  聖餐式は75名。讃美と祈り。主はしっかりと導いて下さったのでサタンの業は完全に封ぜられ大感謝をもって終了した。ピリ兄はこの群れの責任者となっていたマイキ・ピリ兄に聖書を一冊手渡していた。献金と神癒祈祷もしてハレルヤ!三唱。用意されたシーマとニャ−マ、それにソフトドリンクを頂いた。
 
  帰途は5時30分出発した。「ショートカット!」とドライバーの言葉。それもよし。全てを委ねて帰途についた。M18 を続けて進み、チシ県に向けて右に折れる。1時間後にチシに入ると、道路は舗装してあり、町には電気がついており、公共のバスが走っており実に豊かな県であると知った。そこから尚、一時間ほど走ると何と!ポネラ MPONELA の町に着いた。8時30分には帰着した。3時間だった。
 
  夕食:ピリ兄の妻マグレット姉や姉妹がたのご用意下さっていた夕食を楽しみ、大声で笑いながら、今回の伝道を振り返った。全部で106名のみ救いがあり、主イエスさまは完全に我らを守り、日々幸いを味わせて下さった。何の怪我も過ちもなかった。ハレルヤ!
 
  聖会のこと:130もあるブランチにはとても手が回らない。それでチーフたちの教育の為に「マラウイ聖会」をしてはいかがなものか?と考えた。かつての大聖会のように、木曜日から日曜日までの四日間のスケジュールを考えてみよう。12月の初旬はどうだろうか?
 
 
       31(日)    SA171便 リロンゲ 14:45・・・・17:15 ヨハネスブルグ
 
  写真(ジャンボラニ−)撮影:太田学愛兄はピリ兄の依頼に応えて、ひとりひとりの記念撮影をして差し上げていた。次回にプリントしてきて各人にプレゼントするのだそうだ。
 
  お別れの讃美・祈祷会:午前9時30分より10時30分まで。
 
  お証し:チャフキラ兄 BULEVO CHAFUKIRA :この伝道の為に長らく家を留守にすることがあったが、帰ってみると、主イエスさまは子どもたちにも平安を与えられみな守られていた。感謝でした。(祈りの貴い器である彼も彼の妻もピリ兄の家に泊まり込んで良きご奉仕をしており、幸いな信仰の家族である。)
  ピリ兄:感謝なこと 1)今回は太田学愛兄がご参加くださったこと。
    2)教会登録の為のよきロイヤーが与えられたこと。
    3)タンバリンなど、数々の楽器が与えられたこと。
    4)来る12月には主イエスさまが多くのブランチのリーダーたちの為に聖会を開いて下さること。
  ラファエロ兄:1)この伝道で総計106名(男子80名、女子26名)という貴いみ救いがなされた
    こと。これは実に奇跡であった。
    2)サタンの働きが封じられて、何も心の痛い反撃を受けなかったこと。
  スタフォ−ド兄:1)日本から主イエスさまは太田兄をお送り下さったこと。
    2)長らく祈り願っていた聖書(チェチュア語)が50册も与えられたこと。ハレルヤ!
    3)何らの事故がなかったこと。
 
  空港へ出発は11時ちょうど。これで無事に終って帰れるなーと感謝の心が湧いて来た。老兄たちとはここでお別れ、名残惜しい。ハレルヤ!また会う日まで。途中で気づいた。日曜日だから、教会帰りの多くの人々が群れをなして歩いていた。M1に出るまでの道が大きく広げられる。その工事が進んでいた。チバーラ着。11時23分。いつもは賑やかなここも、日曜日の為、人の動きは閑散として、物売りの姿もない。婦人たちが重い荷物を上手に頭に載せて歩いている。背筋の筋肉の頑強なこと。バランスの取り方の見事さは小さい子どもの時からの熟練を思わせた。晴天が続き、風はそよそよと吹いていた。12時ちょうどに空港に着いた。我ら50名ほどはターミナル前の大木・ジャカランダの花の下、芝生の上に坐った。
 
   聖句:常に喜べ、絶えず祈れ、凡てのこと感謝せよ。(テサロニケ前書5章16、17、18節)
語り、挨拶、お礼・・・と続いた。讃美は3組でまず子どもたち。ピリ兄の長男のチコラスくんがリードした。それから、ご婦人方。最後は兄弟がた。「求めよ、求めよ、水と霊」と日本語でも歌った。異言のお祈りは喜びの泉であった。そして再会を願いつつ ハレルヤ!・・・とお別れした。
 
     9/01(月)
       02(火)
       03(水)    TG704便 ヨハネスブルグ 13:35・・・・
          (木)                                             06:00 バンコク
      05(金)    TG648便 バンコク    00:50・・・・08:00 福岡
 
 
                                         (おわり)