第5回 マラウイ伝道の記録
 
 
        シオンの為に、私は決して口を閉ざさず
        エルサレムの為に、私は決して黙さない。
        彼女の正しさが光と輝き出で、
        彼女の救いが松明のように燃え上がるまで。
                     (イザヤ書 62章1節)
 
2007/4/5(木)
 
    12時45分、予定通りのフライトでリロンゲ(KAMUZU)国際空港
    に到着。ピリ兄を先頭にして、愛兄姉がたが30人位我ら3人を出迎えた。
    輝く笑顔に・・・ハレルヤ!!の讃美。
    マイクロバスで約1時間、ドワ・MENGWE(メングエ)村のピリ宅到着。
    早速、手作りの礼拝堂にて80−100名の人々と共に主を崇める。
    その後、その車で近くの大池にゆき「洗礼式」16名。
    身代わり洗礼も多くあり。
    ピリ兄は「新しく開かれた伝道地が17村もあり、どこも私たちを待って
    いる」という。
    夜遅くまで讃美と祈りが続いた。遠くの村里からの兄弟方が12・3名で
    あろう・・・、一部屋にかたまって「炎のごとくに」祈るのはかつての東京
    教会や天幕の中国教会や沖縄の初期伝道を想起させる。
 
    「我は火を地に投ぜんとて来れり。この火、すでに燃えたらんには、我また
    何をか望まん」(ルカ伝 12章49節)といわれた主イエスさまを憶う。
 
 
2007/4/6(金)
 
    CHANGA(チャンガ)村への伝道。
    昨日と同じ車に40人位が乗り込み出発。
    リロンゲを背にM1から左手に入って約1時間の道のり、昨年11月より
    伝道開始した村である。愛兄たちが日頃、長時間自転車に乗り、また、てく
    てくと歩いて伝道し、開拓された新しいブランチに我らはこうしてバスを
    チャーターして訪問し、「水と霊」(マジニジム)を押し進めてゆく。
 
    ハレルヤ!!この村のチーフたち3人の歓迎を受けた。地域との密着のこの
    手法は「マラウイの伝統だ」との説明を受けた。
    2週間前から愛兄らによって掘られた水溜で「洗礼式」があり、31名。
 
    帰り道でのこと、「通り過ぎないで私たちのために祈って下さい」の声がして、
    その病いの婦人たちに膏を塗って祈り、二人とも受霊された。ある兄はいう
    「これは幻でわたしが見た二匹の魚だ」・・・とお証しをした。
 
    帰り道の途中、坂道の上から「木の十字架」を先頭に行進してくる一団と
    すれ違った。どこかの教会の受難週の行事の一つだ・・・と気づいた。
    まさに今日は主の受難日であり、「GOOD FRIDAY」といわれているのだ。
 
    マラウイの主食はトウモロコシの粉で造った「シーマ」であり、それに味の
    濃い「ニャーマ(肉)」や野菜、豆、芋、バナナなどがつく。飲み物は「ミル
    クティー」。愛兄たちは食事の後は大いに讃美をし、異言の祈りを捧げていた。
 
 
2007/4/7(土)
 
    朝は5時ごろから明るくなる。「真実とまことの種なしパン」は金銭の
    必要を感じないこうしたマラウイの農村に用意されていた。今日は大安息日
    で、主のご聖餐式は108名であった。都会から遠く離れた農村がこうして
    点々とマラウイ全土に広がっている。聞くと28の行政区があり、ドア県も
    その一つ。電気も水道もない日常は純粋な福音の為には素晴らしい環境であ
    る。霊讃歌は日本語・スワヒリ語そして少しずつであるがチェチュワ語も出
    来ている。(146、90、30、35、11、19、78)
 
    礼拝に於いて「イサクとリベカの結婚」の物語を語った。真の教会の麗しさ
    はリベカの態度に見て取れる。「汝の駱駝の為にも、その飲み終わるまで水を
    汲みて飽かしめん」(創世記 24章19節)
 
    深夜、驚くほどの豪雨がトタン屋根を叩き付けた。激しい稲光。
 
 
2007/4/8(日)
 
    朝には快晴となり、復活祭の日だ。 
    CHIBVALA(チバーラ)村への伝道。
    責任者はJOSEP兄。M1からすぐ右手に入った学校の校庭の木の下に集う。
    約50名。復活の主イエスは言い給うた・・・「聖霊を受けよ」と。異言は
    受霊の徴。御霊は助け主。それは一つにする霊。イエスの名による水のバプ
    テスマ。父の名はイエス。
 
    近くに川があり、水は清い。私が水に入り洗礼の御用、礼子先生は水際で洗
    足の御用を始めた。私はフト考えた。自分も洗礼を受けたのが「復活祭」の
    日だったが、何年前になるのだろうか? 昭和24年といえば1949年だ。
    数えてみると58年前の今日ということだ。
 
    最後に集計が出て、今日の「洗礼式」での受洗者数は58名だった。ハレルヤ!
    帰るといつも婦人方が我々に温かい湯をたらいに用意して「行水をどうぞ」と
    いう。ありがたい。ロウソクの火のゆらゆらとする中、一日の汗を流す。
 
 
2007/4/9(月)
 
    CHADZA(チャーザ)村への伝道。責任者はKAMICHI兄。
    出発して40分で到着した。小学校の校舎の中での福音宣教となった。
    ロバート・サムソン校長の歓迎と昼食のもてなしがあり、彼は受霊した。
    「聖霊はHELPERである」から主にのみ依り縋る信仰こそ貴いものだ。
    他者に目を止め、手を出さない・・・清い信仰のあり様に理解を示した。
    河には大岩があり水は豊かであった。大讃美の中での「洗礼式」41名。
    午後4時には帰宅できた。
 
    満天の星空。天の川の左手には「南十字星」、右手にはオリオン座とシリウス。
    実に圧巻である。
 
 
2007/4/10(火)
 
    MGULULA(ムグルラ)村への伝道。責任者はDICK兄。
    M1をリロンゲ方面に行き、岩山に向かって左手に入る。
    細い路地をトラックで進むと、原始的な村里が眼下に見えてきた。
    河の辺りの部落の茅葺きの二棟に一同が座り込み集会、
    村のチーフたちの紹介や歓迎の言葉を受けた後、「洗礼式」33名。
    昼食に招待されて感謝であった。
 
    続いて近くのLUNDU(ルンドゥ)村への伝道となる。責任者は二人で、LENARDI
    兄とL GARA兄。そこは再び細い道を通って行き、ピリ兄は説教で「真の教会」
    を語る。その後に「洗礼式」47名。
 
 
2007/4/11(水)
 
    BIMPHI(ビンピ)村への伝道。責任者はCLEMENT兄。
    予定ではKASACHE(カサチェ)村への伝道であったが、朝になって「葬式」
    が入り断念した。このBIMPHI村の婦人たちは「一般の教会のメンバー」で
    あり、私たちの教会の福音宣教について「これはサタニックの教会ダー」との
    悪い風聞があるので・・・と、一婦人から質問がなされた。ここでもピリ兄は
    「真の教会」を力強く紹介していたが、とても彼らには刺激が強いように思われ
    た。聖書を開き、使徒たちの信仰と宣教活動、その説教を語れば中々の説得力が
    あると見えた。ここは昨年8月に義樹巡回と共に来たところである。
    今回の「洗礼式」は多くの男性たちと、子供、少女たちで26名。
 
 
2007/4/12(木)
 
    CHIPWANYA(テーファーニァ)村への伝道。責任者はMATEYO兄。
    朝7時20分には出発した。まずザンビア国境まであと40キロの地点
    のMBEZA(ベザ)村まで約3時間かかり、そこで「クワイヤー」の聖徒た
    ちを乗せてさらに1時間かけて到着。木の下の集会であった。ここにはまだ
    充分には福音が伝えられてはいない様子だったが、淡いブルーの睡蓮の咲い
    ている小さな池で「洗礼式」18名。午後2時30分に終了。帰りは3時間
    で帰着した。とてもきつかったので、予定を変更して明日は休みをとる事に
    した。
 
 
2007/4/13(金)
 
    休息日とする。午前中のこと、わたしは各ブランチの代表たちに個人
    的な面接をして、各人を写真に納めた。日没後の安息日礼拝は午後5時30
    分より始めた。「天の軍勢、万軍の主、我等を助く」。我らは多くの危険に取
    り囲まれているけれども、御霊の絶大なる助けを被っている・・・と感じた。
    この礼拝は56名で、ロウソクの火の中で聖餐式をした。導かれた「ルツの
    物語」は聖書全体を表現している。献金も導かれ感謝であった。
    
    夜、兄弟方19名が狭い6帖間に身を寄せ合って寝ていたが、物音ひとつ
    立てないのには驚かされた。
 
 
2007/4/14(土)
 
    さらに大きなトラックがやって来て再び約3時間の道のりのある
    MBEZA(ベザ)村への伝道となった。ここは昨年来、ピリ兄の伝道の拠点
    として与えられた所、そこにマタイ兄の家があり、4名のチーフや村の代表
    者たちも参加した。小さな礼拝堂は満席で、安息日礼拝と聖餐式は140名。
    20人ほどの聖歌隊(クワイヤー)は美しい讃美を何曲か聴かせた。説教は
    ルツがボアズに向かってなした請願・・・「あなたの翼の下に覆ってください」
    (ルツ記 3章9節)であった。「主のご聖餐は素晴らしかった」とピリ兄は
    満足げに話した。
 
 
2007/4/15(日)
 
    CHIBVALA(チバーラ)村での日曜聖会。さすが踊るJOSEP兄は燃えて輝いて
    いた。すごい群れが現れて来たものだ。福音の内容がしっかりと把握され、理解
    されたことがこうして「松明のごとき炎」となって燃えさかってきたという事実
    を見る。小学校の教室に約100名ほどが集まり「日曜聖会」となった。
    
    「父の名」を知る者へのお約束 シヘン91篇14節。チェチュア語で暗記出来
    た人々は10人。その内の一人がE. CHISALE姉であった。
    彼女は家内に「牧師になりたい」と希望したらしい。
   
    教室での集会であったがその時に大雨が降っていた。終了後、先日の美しい
    河での「洗礼式」の時には雨があがり、19名。我らの運転手マックスウェ
    ル兄も遂に受洗して喜んでいた。我らの喜びは大讃美となった。
    
    MENGWE(メングエ)村に帰り、さらに母親二人と幼児たち7名の「洗礼式」
    がいつもの大池にて。夜は兄弟方は中で霊讃歌、姉妹方は外でチェチュア語の
    合唱・・・これが素晴らしかった。
 
 
2007/4/16(月)
 
    ピリ兄は4時起床し、さっそく洗礼着などにアイロンかけていた。
    そのころから婦人による薪割りが始まっている。愛兄がた20名ほどはまた
    も讃美と祈りを始めた。朝9時30分 いつものトラックに50人ほどが乗
    り込み、KAMUZU空港に向かう。これがお別れとなった。ハレルヤ!!
    マラウイの国旗は緑の地に太陽が昇るというイメージだ。美しい!!
 
                                  終了
 
 
 「チェチュワ語」のひとこと・・・
    “マジニジム”     「水と霊」
    “ジコモクワンビーリ” 「たいへんありがとうございました」
    “ムリバージ“      「お元気ですか」
    “マズカバージ“     「おはよう」
    “ファナナ イエス“   「イエスさまのように」
    “アマカラニ イエス アマオニ“ 「イエスさまのように」
    “チャンガランガー“   「祝福あれ」
 
 
                          MAIL: mizu_to_rei@mac.com.