副題が示唆するほど「技術決定論」的な——この技術が発明されたからおかげでこうなったといった、文化の変容を技術のみに帰着させるタイプの議論の——本ではない。フォノグラフ導入時の人びとのさまざまな思惑、さまざまな立場の紹介に重点をおいた書物である。理論より実例の紹介に傾くところがあり、やや冗長ではあるけれど、読んで得るものは多い。メディア環境の変化にかかわる一般論の部分は、オングなどを援用しつつ解説しており、よくまとまっている。ただ、この部分は Katz や Sterne らの著作が出た今となっては、かえって刺激に乏しい感じがある。
著者はフェデラル・シリンダー・プロジェクトの研究者・技術コンサルタントを務めていた人。それだけにアメリカの民謡研究の歴史についての知識の深さは、並外れたものだ。1970年代以降、先住民のコミュニティからシリンダー音源についての問い合わせを頻繁に受けるようになった、などといった記述は現場の人ならではのものと思う。フュークスやデンスモア、フレッチャーといったパイオニア世代の採集者はもちろん、彼らの庇護者や協力者、インフォーマントについてまで、かなりいろいろな伝記的情報や研究の蓄積をふまえた上で書かれており、議論に厚みが感じられる。フィールドワークで彼(女)らがどんなトラブルに直面したかといった話も数多く紹介されており、当時の民謡採集が、複雑な力関係の網の目の中で行われていたことを教えてくれる。このあたりがこの本の強みだろう。書誌も充実。どの地域を扱うにせよ、フォノグラフ導入期の民謡採集について研究する人にとって、かなり役に立ちそうな一冊だ。
2009年8月23日日曜日