「ウジェーヌ・イザイ」

 「ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ(名人)」という言葉から、読者の方々はどんなものを連想するだろうか。派手なヴィブラートと速回し、重音奏法、ハーモニックス、それに左手のピッツィカートといったところだろうか。いずれにせよ、ヴァイオリン演奏という、可能性の非常に限られた枠内でのプロフェッショナルとして、我々はそれを思い浮かべる。そして、十九世紀後半から二十世紀初頭にかけての、和声の可能性の探求がすすめられていく時代の中でヴァイオリンのヴィルトゥオーゾが果たした役割など、周縁的なものに過ぎないのではないか、と考えがちである。ピアノと違い、ヴァイオリンは和音を弾くのに適さない楽器なのだから、これは当然だろう。

 ベルギー生まれのヴァイオリニスト兼作曲家、ウージェーヌ・イザイ(一八五八—一九三一)の特異性は、まさにこのような、ありがちの予想を裏切ってみせたところにあった。ヴュータンとヴィニアフスキの弟子だった彼は、当代きってのヴィルトゥオーゾである一方、同時代の新しい音楽の熱心な紹介者であり、彼自身新しい語法の開拓者でもあったのだ。フランクの《ヴァイオリン・ソナタ》、フォーレの《ピアノ五重奏曲第一番》、ショーソンの《詩曲》や《独奏ヴァイオリンとピアノ、弦楽四重奏のための協奏曲》、ドビュッシーの《弦楽四重奏曲》など、彼が初演した作品は非常に多い。

 重要なのは、ヴィルトゥオーゾとしての仕事と紹介者としての「まじめな」仕事の間に、彼が明確な境界をもうけていなかったことである。シゲティによれば、ショーソンの《詩曲》にはイザイが考案したパッセージが幾つも混入していると言う。実際、イザイ自身が作曲し、ショーソンにも霊感を与えた《ポエム・エレジアク(「哀歌風詩曲」とも訳せるだろうか)》と《詩曲》を比べると、様式的にも技巧的にも類似性は明らかで、ヴィルトゥオーゾと作曲家が、互いに生産的な影響を与えあう状況がそこにあったことに気付かされる。おそらく《詩曲》のような「現代音楽」を演奏する時も、イザイは即興的なヴィルトゥオジティ(名人芸)をいかんなく発揮したことだろう。メンデルスゾーンの《協奏曲》第三楽章の録音が示すように、ヴィルトゥオジティの誇示は、彼の演奏スタイルの重要な構成要素だったからである。実際、シゲティも《詩曲》の重音奏法の楽句の一つについて、イザイが「魔術のような」演奏をしてみせたことを報告している。音楽家としてのイザイの面白さは、このような二面性にある。


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