2006/12/18
ラジウムはなぜダメなのか
 原爆の起爆装置(中性子源イニシエーター)として、ラジウムではなぜダメなのか、まとめを書いておく。理由は3つある。
 
1.中性子源として弱すぎる。
2.アルファ線以外にガンマ線を放出し、起爆の瞬間以前にイニシエーターから中性子を発生してしまう。
3.ガンマ線と中性子の強い線源であるため、原爆の組み立て工程での被爆が問題となる。
 
 原爆は核物質を瞬時に超臨界状態とし、そこに連鎖反応のもととなる中性子を投入して暴発的な連鎖反応を起こさせ、莫大な爆発エネルギーを解放させる兵器である。効果的な起爆のための条件は、
 
a. 爆縮(implosion, 内爆ともいう)により、未臨界状態であった核物質を短時間(1ー 数マイクロ秒)に超臨界状態にする(注1)。
b. 爆縮により超臨界・超圧縮(注2)が頂点に達した瞬間(1マイクロ秒以下)に中性子を投入する。それ以前に中性子があると、爆縮完了前に連鎖反応が始まってしまい、未熟爆発が起きてしまう。
 
 (注1)ここではプルトニウムを核物質とする爆縮型の原爆だけを扱う。U235の場合は、打ち込み型(gun型、と呼ばれ、未臨界の本体に起爆用の核物質の小片を打ち込み、超臨界とする型、いわゆる広島型)の場合は、イニシエーターへついての条件は緩和されるが、爆縮型に比べて爆発効率が悪く(爆発効率とは用いられた核物質の何%が爆発したかをいう。広島型では、1.4%であった。爆縮型では20%といわれる)、水爆の起爆用としてしか使われなくなったのではないか、と見られる。ただ、爆縮についての高度の技術を目指すより、低い技術レベルでも原爆が実現できるという点で、濃縮ウランを用いようとする国もある。打ち込み型の場合でも、中性子源イニシエーターにラジウムは使いものにならないことは同じであることは以下を読んでいただけば納得がいくことだろう。
 
 (注2)爆縮により、核物質は超臨界になるだけでなく、衝撃波による圧縮効果で、物質密度が通常(大気圧)の2倍程度になる。高密度ほど、臨界量は少なくてすむ。このことは、注目されていないが、プルトニウム原爆ではふつう言われている臨界量より少ない量が用いられている。
 
【ラジウム中性子源の強度は弱すぎる】
 上記条件b.を満たす中性子源イニシエーターとして、ラジウムは最初に書いた1,2の性質からして使いものにならない。まず、中性子源としての強度が弱すぎる。ラジウム中性子源はふつうは、けっこう強い中性子源とみなされている。臨界集合体の起動や、その他の中性子実験のためには、十分強い。ラジウム1グラム(約1キュリー)を使った中性子源の発生する中性子数は、1 × 10∧7(10の7乗)といわれる。ラジウム1キュリーとは、毎秒 3.7×10∧10のα崩壊があるということだから、アルファ線がベリリウムに当たり中性子を発生させる効率はひじょうに低い。
 先に述べた超臨界・超圧縮の状態にある時間内に、連鎖反応をスタートさせるためには、毎秒 1 - 10 × 10∧7 の中性子を発生できる中性子源が必要である。10分の1マイクロ秒の間に1-10個の中性子ということだ。α線源とベリリウムは、起爆までは、隔離されており、爆縮とともにα線がベリリウムにあたるような設計が必要であり、そのため静的なα線源・ベリリウム中性子源より中性子発生効率が落ちることを考慮に入れると、3-30キュリーのα線源が必要であると、文献に記載がある。ラジウムを使うとすれば、3-30グラム必要と言うことだ。これはとてつもない量である(ラジウムは非常に高価)。
 α崩壊の強さは、崩壊半減期に逆比例する。早く崩壊する核種は単位時間に沢山のα線を出す。ゆっくり崩壊する核種は少ししかα線を出さない。半減期1600年のラジウム(Ra226)では、必要な瞬間強度がえられない。強いて使おうとすると、非現実的なほど大量のラジウムがいる。これに比べるとポロニウム210は、50キュリー使うとしても、わずか11mgですむのである。半減期が138.4日と短い。したがって比放射能(単位質量当たりの放射能)は、ラジウムの4千倍強あるのである。もう一つ、ポロニウムは原子炉でビスマスを照射することで生産可能という利点がある。
 
【ラジウムは(γ,n)中性子を出す】
 ラジウムがイニシエーターとしてダメなのは、ガンマ線を出し、これがベリリウムから中性子を発生させてしまうことである。α線だけなら、線源を金属箔(あるいは薄膜)でコートすることで、起爆以前には中性子が出ないようにできる(この部分はなかなか巧妙な設計をしているようだ)。しかしガンマ線は隔離しようがない。ベリリウムは、1.7MeV以上のガンマ線を吸収すると、中性子を放出する。ラジウムそのもの(Ra226)
が出すガンマ線は186keVと低く、問題にならないのだが、ラジウムが崩壊してできる娘核(崩壊系列上にある核種)が出すガンマ線のエネルギーが閾値を越える。
 
 ラジウムの崩壊系列を書いておこう。
 
Ra226(1600年)→Rn222(3.8日)→Po218(3分)→Pb214(27分)ーBi214(20分)ーPo214(164マイクロ秒)→Pb210(22年)ーBi210(5日)ーPo210(138日)→Pb206(安定)
 
ここで、→はα崩壊、ーはβ崩壊を表し、元素記号のあとの数字は質量数、()内は半減期である。これを見て分かることは、仮に純粋のラジウム(Ra226)を使ったとしても、ただちに崩壊をはじめ、Pb210以前の娘核はその途中の半減期の最長のもの(Rn222の3.8日)の数倍の日時(半月)が経過すると、ほぼ平衡状態に達してしまう。それらが発する放射能はラジウムそのものが発するのと同じことになってしまう。これをふつうはラジウムの放射能とみなすわけだ。
 
 平衡に達したラジウムの発するガンマ線のエネルギーと強度についての最新の測定データが以下の文献に出ている。J.Radioanal.Nucl.Chem.,Letters 153(2)137-149(1991)。その結果から主なガンマ線のデータを以下に示す。存在比とは、ラジウムの1崩壊当たりに出るガンマ線の割合のことである。
 
γ線エネルギー  核種   存在比(%)
   186.0   keV      Ra226         3.56
   241.9              Pb214         7.43
   295.2              Pb214       19.3
   351.9              Pb214       37.6
   609.3              Bi214        46.1
   768.4              Bi214         4.94
   934.1              Bi214         3.03
  1120                Bi214       15.1
  1238                Bi214         5.79
  1378                Bi214         4.00
  1730                Bi214         3.05
  1765                Bi214        15.4
 
 この表で最後の2行にあるBi214のガンマ線は、明らかにベリリウムの(γ,n)反応の閾値を越えていて、存在比もけっこう高い。したがって、平衡状態に達したラジウムは、ガンマ線による中性子源にもなるのである。間違いやすいのは、ラジウムの出すガンマ線と言うことで、放射線同位元素表のRa226の欄だけを見て、ラジウムはベリリウムから中性子をたたき出せるほどのエネルギーをもつガンマ線がないと結論してしまうことだ。現実の物質としてのラジウムは、娘核の放射線をともなう。実際に使うラジウムは金属容器に封じ込んでいるわけだから、製品化して半月もすれば、これらの放射線を出す物質と考えなければならない。したがって、小数なりと起爆前に中性子が投入されることを避けるべき原爆のイニシエーターとして、ラジウムは使いものにならない。これに比べて、ポロニウムは、上記のラジウム崩壊系列の後ろから二つ目のものだ。α崩壊すると安定核の鉛になる。ガンマ線は出さない。
 
 もう一つの点はいまさらいうまでもないだろう。このようにガンマ線強度が強い物質を原爆の組み立て工程に入れるわけにはいかないことは、おわかりいただけよう。