2008年12月24日(水)に亀岡の大本本部にて第3回チベット問題勉強会を開催した。
講師にはチベット人留学生の横浜桐蔭大学2年テンジン・トプジョル氏を招いた。
トプジョル氏は、1987年にインド北部のダラムサラ近郊の生まれ、現在21才。3年前に来日し、現在、神奈川県在住。学費・生活費をすべてアルバイトによって支えている。
日本に来るきっかけは、父親の知人から招待を受けたから。日本のイメージは先進テクノロジーの国であり、あこがれの国であっので、迷うことなく日本行きを決めたという。
本年8月の「あしわけ大本歌祭」にも参加し、平和を望む献詠歌を奉納。 今回が初めての大本本部来苑。
トプジョル氏は、チベット語、ヒンズー語、英語が母国語であり、将来の夢はチベット語から日本語への通訳者になりたいという。
以下、講演内容の要旨。
インド生まれなのでインドのパスポートを取得しやすいが、現在はインド政府発行の難民パスポートを持っている。日本での外国人登録には「無国籍」となっている。将来的にはインドのパスポートを取ろうと思っている。
両親、祖父母ともにインド在住。
1959年、ダライ・ラマ14世がチベットからインドへ亡命したことをきっかけに、祖父母も翌年にインドへ亡命。
父親は祖父母の亡命後、生まれた。
母親は赤ん坊の時に両親とともにチベットからインドヘ亡命してきた。
徒歩で20日間かけてヒマラヤを越え、凍傷にかかった人も多く、途中で死亡したり指を切断しなければならない人も大勢いた。
インドにはダラムサラを中心に多数の亡命チベット人コミュニティーがある。インド政府からの支援を受けてチベット亡命政府は成り立っている。
チベット人は世界中に散らばっていて、約600万人いる。日本にも500名くらい滞在している。
トプジョル氏はチベット人であるが、インド生まれのインド育ちなので、チベットに行ったことも見たこともない。
日々の暮らしの中で、祖父母から祖国は美しく、信仰深い国であると聞かされて育った。
しかし、祖父母のような苦労をした経験もなく、生まれたときからインドという場所で普通の生活ができていたので、チベットの独立という思いはそんなに強くはなかった。
しかし、日本に来て「国のない人」とまわりから言われるようになって初めて、母国のない自分に気づき、母国が欲しいと感じるようになった。
日本人や他の外国人に「あなたは何人?」「あなたの国はどういうところですか?」と聞かれるたびに、返答に困っていた。
自信を持ってチベット人であると言えなかった。
「母国がないのに幸せですか?」と聞かれても 最初はわからなかったが、最近では、それは幸せではないと言えるようになった。
これが日本にきて良かったことである。
また、北京オリンピックによって、チベット問題が大きく取り上げられとことで、世界中が注目してくれるようになった。
将来、チベットが独立できれば帰りたいと思う。見たことのない祖国へ。
もし帰ることができれば、日本とチベットの関係に貢献できる職業につきたい。
翌日、25日には綾部の大本本部を訪問。
同日に執行された「出口日出麿尊師17年祭」に参拝。
「皆さまのおかげで大本を初めて訪れる機会をいただいたことに感謝します。また、1980年に大本にダライ・ラマ法王が来られた時の写真を見せていただき、その場所に自分も来ることができてとても光栄に思います。」 と挨拶。
また、出口紅大本教主にご挨拶を申し上げた。
その後、お茶席にて抹茶をいただき、午後過ぎ、帰京の途についた。
(報告:木村且哉)