こま犬 Koma-inu

犬も歩けば

02 犬のこま犬▶

03 オオカミこま犬▶

2008

 

01 どこから、なにをしにやって来たのだろう

 
「こま犬」はどこから来たのでしょう。奈良時代の早いうちに、すでに日本にいました。そのころ、たまたま高句麗経由で入ってきたのでしょうか。発祥の地は古代オリエントでしょう。古代オリエントの遺跡でライオン像がよく見られますが、ライオンを神獣として魔除けに使っていたようです。それが東西へ流れて行き、インドに入ったものは王宮や仏閣の守り神となりました。西へ向かったものも、やはり魔除けになりました。今でも、ライオン像が入り口を守っているロマネスク様式のキリスト教会があります。


 
ライオンがいつごろどこで、架空の動物である「こま犬」になったのかはわかりません。ライオンはインドから中国に入り、デフォルメされた獅子(しし=ライオン)になりました。よく似てはいますがこま犬ではありません。中華料理店の入り口によくいるのと同じタイプだったのではないかと思います。日本には、獅子とこま犬の両方が入ってきています。仏教は朝鮮半島から入ってきましたが、仏教を日本に伝えた地で「こま犬」は生まれたということになりそうです。
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 最初期の「こま犬」は土を焼いたり、木を削ったりして作っていたのでしょうか。いや、早いうちだけではなく、かなり時代が下っても飾り気のない土や木のこま犬は作られました。と同時に片方では、貴族文化の興隆にあわせるように装飾的になっていきます。

 
 
装飾的になった「こま犬」は左の写真(千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館の展示)のように、貴族の寝室を守る神獣として使われていたりしました。実は「こま犬」は長い間、屋内で使われていたのです。「こま犬」は外に出ても完全な雨ざらしではなく、屋根の下にいました。右下の例のように本殿の入り口を守護していたと思われます。
庶民にとってポピュラーな形と使われ方になったのは、江戸時代になってからだとさえ言われています。


 「こま犬」は今では神社専用のように思われていますが、日本には仏陀の守護獣として入ってきましたから、もともとは寺院で本尊や仏典を守っていたはずです。それが明治の神仏分離で寺院が分離・廃棄された時に、見え方や使われ方が神社寄りになっていたために、神社に残されたのでしょう。しかし今でも、こま犬のいる仏閣は全国にあります。

   

犬の伝説地を訪ねたり、犬絵馬詣をすると、つぎからつぎに寺社を巡ることになります。当然、こま犬ともご対面となります。「犬」「オオカミ」のこま犬やその他の動物のこま犬は意識して集めたのですが、普通のこま犬は自然に集まったという感じです。こま犬のいない神社もありますが、一般的にはいるのが当り前みたいになっています。そのため、かえって撮り逃がしたこま犬もいます。普通の「こま犬」のほかに、「犬」「オオカミ」「さまざまな動物」のこま犬も集めました。

 

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