時代から取り残される平和運動
 
3月18日に行われたピースウォークに参加した。参加者の半分くらいはJR労組の人たちで、若い組合員が多かったのは明るい材料だが、一般市民の参加は少なく、大半が40代以上で、若者はごくわずかなのが、なんとも寂しかった。
 
 最近の若者の問題意識の低さを指摘するのはかんたんだが、政治的なことにほとんど関心のなかった自分の学生時代を振り返ると、これは今にはじまったことではなく、80年代からつづいている現象なのではないか。むしろ、学生運動が全盛だった頃にヘルメットと角棒で闘った「全共闘世代」の人たちが少ないのが気にかかる。死に絶えるにしてはまだ若いはずなのに、いったいどこへ姿を消してしまったのだろう。いま声を上げずにいつ声を上げるのだろう?
 
 若者の政治ばなれを嘆くのも、じつはちょっと違うのではないかと思う。インターネットのニュースを見ていると、東京のピースウォークでは若い人たちが目立つ。なぜ旭川のピースウォークに若者の参加者が少ないのか?原因のひとつは、デモのスタイルにあると思う。
 
 たとえば、歩きはじめる前に参加者全員で歌うために配られた「インターナショナル」という曲の歌詞をみてみよう。
 
たて 飢えたるものよ 今ぞ日は近し
さめよ わがはらから 暁は来ぬ
暴虐の鎖絶つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつ われら かいむすびゆく
 
いざ 闘わん いざ
ふるいたて いざ
ああ インターナショナル
われらがもの
 
いざ 闘わん いざ
ふるいたて いざ
ああ インターナショナル
われらがもの
 
聞け われらが おたけび 天地とどろきて
かばね越ゆる わが旗 行く手を守る
圧政の壁 破りて 固きわがかいな
いまぞ高くかかげん わが勝利の旗
 
いざ 闘わん いざ
ふるいたて いざ
ああ インターナショナル
われらがもの
 
いざ 闘わん いざ
ふるいたて いざ
ああ インターナショナル
われらがもの
 
 1962年生まれの私は、この歌を知らなかった。たぶん私より下の世代でこの曲を知っている人はほとんどいないだろう。じっさいこの曲を歌っていたのは、「組合一筋ン十年」といった感じの年配の人だけで、ほとんどの参加者は口パクだった。「はらから」「暁は来ぬ」「かばね越ゆる」というようなことばをどれだけの若者が理解できるのだろうか。「暴虐の鎖」にいたっては、まったく現実味がないだろう。正直言って、歌詞カードを渡されたときは、おいおい、これ歌うのかよ、マジっすかー、と思った。
 
 こういう、博物館に入ったような歌をうたいつつ、「戦争反対」「憲法改悪反対」と拳を突き上げても、やってるほうも恥ずかしいし、見てるほうも「なにこの人たち」といった顔で、旭山動物園のペンギンの行進にカメラを向けるような気分で、ケータイ写真を撮るのが関の山だ。
 
 2003年の戦争開始の頃は、参加者が200人くらいいて、ギターや太鼓などの鳴りものを先頭に「Give Peace a Chance」などを歌いつつ、楽しそうに歩いていたし、若者や家族連れの参加も多かった。ひょっとしたら、硬直したデモのスタイルが参加者を減らし、運動を盛り下げているのではないか。「インターナショナル」を歌いつつ、ノスタルジーと滅びの美学に浸るのはいいが、運動の幅を広げていくには、SMAPの曲でも歌ったほうがいいだろう。戦争で真っ先に死ぬのは、老人ではなく、若者なのだから。
 
 
 
インターナショナル?
2006年3月28日火曜日