この冬もJRにアルバイトにいっている。冬だけの仕事なので、働きに来ているメンバーもだいたい決まっている。JRの退職者をべつにすれば、農家の人たちや夏場だけゴルフ場で働いている人など、生き方や立場がそれぞれちがう人たちが集まる職場だから、休憩時間にテレビを見ているときなど、さまざまなニュースについての反応が、それぞれの立場によって違っていて興味深いものがある。
先日も、道職員組合が「賃金10パーセント削減」に反対して座り込みをしているというニュースが放映されたのだが、見る側の反応は人によってまったくちがっていた。現在または過去において給与所得者だった人たちは「給料が10パーセント削減されたら大変だ」と同情的だったのに対して、自営業の農家の人たちは「いい給料もらってるんだから少しくらい減らされても仕方ない。やりたいやつはいくらでもいるんだから、嫌だったら辞めればいい」と批判的だった。
筆者も「お役所仕事」には言いたいことが山ほどある。お役所と名のつくところはたいてい仕事の効率が悪い。窓口で待たされるとイライラして、この仕事ぶりでいったいいくら給料をもらっているのか?とか、自販機でもできるような仕事をはたして人間がする必要があるのか?などと、疑問に思うこともある。個々のスタッフの非効率がたまりにたまって高コスト体質になっているのは確かだろう。
とはいえ、道の財政難の主たる原因は人件費だけではないだろう。道財政が危機的状況にあると言ってるくせに、当別ダムのようなムダなダムの建設をすすめるのは、支離滅裂的大矛盾ではないのか。この部分にメスを入れずに、賃金カットのようなやりやすい所から手をつけるのはずるいやり方だ。クビになる心配もなく自営業者や中小企業の労働者にくらべて賃金のたかい公務員は、景気が停滞している北海道では嫉妬の対象になりやすい。それだけに、公務員の賃金をカットするというのは輿論を味方につけるには格好の施策になる。
似たような事例は過去にもあった。国鉄の「分割民営化」などその好例だ。窓口の職員の高慢な態度や、勤務時間中に入浴していた「職員のたるんだ仕事ぶり」など、重箱の隅をつつくような報道で集中砲火をあびせ、輿論は「赤字国鉄」の解体を望んだ。実際には赤字の最大の原因は、"我田引鉄"と揶揄されたように、採算の見込みのない鉄道を自分の選挙区に強引に引いた政治家たちにあったのに、である。
ことの本質にはまったく目を向けずに、メディアによるマインドコントロールにみごとにのせられるアホな体質は、「郵政民営化」を争点に闘われた去年の選挙でもみごとに証明された。独立採算なので税金をつかっていない郵便局の運営を、「民営化」すれば税金のムダづかいは減るなどという、詐欺そのものの詭弁を大衆は信じたのだ。
人びとを多くのグループに分断し、おたがいを反目させることで圧政から目をそらせ、支配しやすくするやり方を「分割統治」という。分割統治は、ローマ帝国の得意技だったように、支配者にとっては統治の定石だ。冒頭で述べた「給与所得者」と「農家」の人たちとの意見のちがいは、分割統治がうまくいっている証でもある。逆に、サラリーマンと農家がおたがいの生活をおもいやり、連帯して政府に刃向かってきたら、支配者にとっては危機的状況になる。
道職員が「たいして働きもしないで」高給を食んでいるというのは一面の事実かも知れないが、減反で作付面積が減っているにもかかわらず、稲の植えられる見込みのない田んぼの圃場整備にムダな助成金が(まさに税金から)支出されているのも事実だ。問題の本質は、米を作っているだけでは生きていけないので、助成金や補助事業で食いつなぐしかないという農業のありようなのに、そこには目を向けずに、自分たちよりちょっとだけ優遇された公務員の暮らしぶりに嫉妬を覚えてしまう頭の構造なのだ。
道職員も農家の人たちもじつは共に被害者なのだという認識をもつことが必要だろう。巨大産業を優遇し、庶民から巻き上げた税金でさらに産業界を潤わすこのクニの支配体制こそが真の敵なのだ、という認識をもち、連帯して一緒に闘おうとするとき、このクニにもようやく本当の民主主義が生まれると思うのだが、そんな日がはたして来るのかどうか‥‥(たぶん来ない[涙])。