写真集の発売を機に、自然のなかで写真を撮るということについて考えてみた。
カメラマンのなかには、写真の入門書に書かれているように「一歩前に踏み込んで」撮影する人が多い。ひとたび"はじめの一歩"が踏みだされると、次から次へと同じ場所を踏みつけたり歩いたりする後続者が出てくる。こうして植生が剥がれて裸地になり、裸地がつながって踏み跡になる。いちど踏み跡ができると、雨水が土壌を流し、風や霜や雪に痛めつけられて植生破壊がすすみ、大地の傷となって刻まれていく。"はじめの一歩"を踏みだした人の責任は重い。「一歩前に」ではなく、「一歩退く」謙虚な気持ちで自然のなかへ入ってほしい、と常々おもっている。
カメラマンという人種と、カメラマンたちが"はじめの一歩"を踏みだしたために刻まれた自然の傷跡を見ていると、自然のなかで写真を撮るという行為と、撮影をするヒトについて、いやでも考えざるを得ない。とりわけプロの写真家には抜き難い不信感があった。写真のなかには、どう見ても、登山道を外れて撮影されたと思われる"ルール違反写真"があり、そういう"作品"を臆面もなく発表する人もいる。シロートが行けない場所でないといい写真が撮れなくてどこがプロなのか。普通の人とおなじ土俵で勝負しても素晴らしい写真が撮れるのがプロではないのか。入るべきでない場所へ入りこみ、奇を衒った画を撮るだけという低い次元に甘んじていていいのか。ましてや「自然」で飯を食わせていただいている身であればこそ、生態系へのダメージは最小限に抑えなくてはならないはずだ。
そんな思いがあったので、林さんから撮影ガイドの仕事を頼まれたときには、正直言って、抵抗があった。だが、何度かやり取りをするなかで「ゴキブリカメラマンと言われないように、自然の中で謙虚にその表情を撮らせて頂きたい」という林さんのことばを聞くに及んで、仕事をお引き受けすることにした。あくまでも生態系に配慮したフェアな姿勢で、「新しい写真」を世に問うていただきたいと思ったからだ。
この写真集のなかには、積雪期や沢のなかでの撮影を除いて、登山道外で撮られた写真はない。