3月18日に東川町・好蔵寺でC.ダグラス・ラミス氏の講演会「日本は本当に平和憲法を捨てるのですか?」が開催される。ラミス氏のプロフィールは以下のとおり。
C.Douglas Lummis
1936年、サンフランシスコ生まれ。作家・政治学者。60年に海兵隊員として沖縄に駐留、翌年除隊。1980年から2000年まで津田塾大学教授。現在沖縄を拠点に執筆・講演活動を行う。著書に『ラディカルな日本国憲法』『憲法と戦争』『なぜアメリカはこんなに戦争をするのか』(以上、晶文社)『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』(平凡社)など多数。
去年の夏、旭川でも公開された映画『日本国憲法』のなかでも、たいへん印象に残る発言をしているので、以下に紹介する。
押しつけ憲法だからいけないとは言えません。いい憲法はすべて、政府に対して押しつけられる形で制定されたんですよ。
立憲政府へのスッテプはすべて、政府に対する下からの突き上げによって成り立ってきました。フランス革命が初めてのフランス共和国憲法を成立させ、アメリカ革命が米国憲法を成立させました。すべての優れた憲法は何らかの形で、通常は民衆が政府に、押しつけてきたんです。
日本国憲法を政府に押しつけたのは、数ヶ月の間だけ続いた、占領軍と日本国民による一種の短期同盟でした。同一の目的を持つ彼らが、政府の権力を制限する憲法を日本政府にのませたんです。だから、その頃から現在に至るまで、政府の人々の立場からすると、押しつけられた、彼らの権限を制限している、と感じるんでしょう。実際、制限しているんですからね。また、これだけ長続きしているのは、日本の人々が政府に押しつけ続けてきたからです。
もちろん、国外の多くの人は、第九条を非現実的と呼びます。日本国内でもそういう人が増えてきています。「我々現実主義者は、戦争のひどさはわかっているが、国民の命を守るためには軍事力が必要だ」ってね。
でも、この論理には大きな問題があります。現実的であることは重要ですし、国家の安全保障、社会の安全保障は、現実的に語られなければ意味はありません。夢や理想のために、何百万人もの命が失われることがあってはなりません。それには現実的でなければなりません。
でも、現実的になるには、まず現実を見すえなければなりません。この場合の現実とは、20世紀の歴史の記録です。
あれほど多くの人々が暴力によって殺された世紀は、世界史上、20世紀をおいてほかに例がありません。人々を殺したのは誰でしょう?マフィアでも、やくざでも、ギャングでも、麻薬戦争でもありません。それは国家でした。国家が、2億人もの命を奪ったのです。
ですから、巨大な軍事力はちっとも安全ではありません。そんなことは、沖縄の人たちには説明するまでもないことです。沖縄では、軍隊が民衆に安全をもたらしてくれた記憶なんて、まったくないですからね。むしろ軍隊がいることで、沖縄の人にとって危険は増すばかりでした。
沖縄が戦場になったのも、日本軍の基地がここにあったからでした。日本軍の基地は、沖縄の人に安全などもたらさなかったわけです。現在は米軍基地がここにあります。もしアメリカがアジアで戦争に従事したら、アメリカの敵から見れば、沖縄の米軍基地が正当な軍事目標になってしまいます。そうすればミサイルが飛んでくるかもしれません。基地が安全をもたらすことなんて絶対にないんですよ。
『映画 日本国憲法 読本』(有限会社フォイル発行)より。