GOVINDA KAI BIOGRAPHY / LUNATIC MONK
GOVINDA KAI BIOGRAPHY / LUNATIC MONK
ゴビンダカイはラッセル=ポール=ヤマグチとして1959年(昭和33年)の夏、サンフランシスコのベイエリアに産まれました。両親はともに九州/熊本からの日本人移民の子供でした。
Govinda Kai/ゴビンダカイ
合気道師範の息子
ゴビンダの父である、エドワード=ヤマグチは合気道の先生であり、偉大な合気道の創始者である翁先生とも呼ばれる植芝先生の弟子でした。ゴビンダと弟(タツオ、7歳下)、妹(ユキコ、2歳下)は子供時代の一時期、両親と共に東京/国分寺で過ごしたこともあります。父が新宿にある合気道の総本部で練習するために訪れていたのです。父はとてもスピリチュアルな人間で、その価値観や信念はゴビンダに強く影響を残しました。
早すぎる死
彼の父は49歳のときに癌の合併症により突如亡くなります。ゴビンダがまだ16歳のときでした。この早い時期における死への直面が彼を精神的/哲学的な事物への探求に強く導きます。19歳のとき、ゴビンダは初めてヨガのクラスを受けました。地元のカレッジでのクラスで、講師がマーシャルアーツとアイアンガーヨガの両方を教えていたのです。
グルに祝福されて
また、この19歳の時に、ゴビンダはとてもパワフルでスピリチュアルな人に出会い、彼が建てたアシュラムに赴きます。学校で、ある教師に紹介され、ゴビンダはスワミ=ムクタナンダと、1979年の秋のある日の午後に出会いました。彼は、世界にムーヴメントを起こしていたシッダヨガという流派のリーダーでありグルでした。この人との出会いはとてもパワフルで、人生を大きく変えてしまうほどのものでした。ヨガのもつパワーについて、二度と疑いを持つことは無いだろう、というほどのものでした。ゴビンダは感じました、自分のハート、マインド、ボディ、そしてスピリットが深遠かつ本当の意味で動かされたことを。自分の人生がすっかり変わってしまったことを悟りました。このシッダヨガ(http://www.siddhayoga.org/)へ傾倒することにより、ヨガにおける多くの献身的な側面(チャンティング、奉仕活動、哲学など)を学び、身につけていきました。
自然を教師に
高校を卒業すると、ゴビンダはバックパック一つで旅に出たり、キャンプしたりすることに多くの時間を割くようになりました。カリフォルニア、オレゴン、アイダホ、そしてワシントンの野生の自然の中で過ごした時間は、その後の世界に対する接し方に強く影響しました。そういった野生のもつ美しさ、バランス、そしてパワーが人生の教師であるかのようでした。この自然との強い結びつきがゴビンダに影響を与え、生物史及び自然史をカリフォルニア大サンタクルーズ校 (http://admissions.ucsc.edu/see/)で専攻するきっかけになります。ゴビンダの中にあった最大の疑問は「いかにして野生と同じような美しさ、純粋さ、そしてバランスを我々の日々の暮らしに活かす事ができるのか?」ということでした。繰り返しますが、現代の文化の中で失われてしまった、その何かについては、深いレベルの自然環境学やスピリチュアルな事柄への理解によってのみ答えが得られることは明白でしょう。
偉大なチベット人教師
カリフォルニア大サンタクルーズ校在学中、とても幸運なことに、現代において高名なスピリチュアルな師である、Sogyal Rimpoche (http://www.rigpa.org/)に出会いました。この若きチベット人ラマ僧はイギリスのケンブリッジ大において西洋の教育を受けたのち、ちょうどアメリカに来たところでした。その後数年間、ゴビンダは彼のリトリートや集中コースに数多く参加し、瞑想とチベット仏教を直接学びました。この特別な期間がゴビンダのスピリットの神秘への渇望を更に深めたのです。
ビジネスに身をおく
カリフォルニア大を卒業後、ゴビンダは修道士の誓約を立て、精神的な隔絶及び沈思の生活を送りたいと熱望しましたが、師であるSogyal Rimpocheは“世界の中で生きる”ことの大切さを説いたのです。師の教えに従い、ゴビンダはサンフランシスコのベイアリアに戻り、不動産業でのキャリアを積んでいくことになります。数年後という短期間に、ゴビンダは自ら起業し、その後12年間ビジネスを成長させました。この期間の人生は、俗世に生きる上での強さと脆さ、喜びと挑戦を学ぶ、とても価値のあるものでした。
ヨガの光、ふたたび
ゴビンダのハートにはヨガの光が熱くとどまっていたものの、日々のヨガの練習は、不動産業が忙しくなるにつれ、優先度の低いものになっていました。自然と、彼の注意が物資的かつ俗的な物事に向けられていたので、ゴビンダのスピリチュアルライフは犠牲になっていたのです。次第に彼は自分のハートとスピリットが空っぽで鈍感になっていくのを感じていました。そしてちょうどこの時期、1990年代初頭にゴビンダはアシュタンガヨガに出会います。この特別なスタイルのヨガプラクティスはすぐにゴビンダのハートを捉えました。アシュタンガヨガの強烈さとバイタリティが、彼の情熱やインスピレーションを深く揺り動かしたのです。そしてゴビンダはとても力強く影響力のある講師たちに出会い、教えを受けました。Tim Miller (http://www.ashtangayogacenter.com/)やRichard Freeman (http://www.yogaworkshop.com/), John Smith (http://www.yogastudioganesha.com/), Eddie Modestini/Nicki Doane (http://yogaonmaui.com/)といった面々です。これら全ての力強く素晴らしい講師たちがゴビンダにインドのマイソールに行き、アシュタンガヨガのグルであるSri K. Pattabhi Jois (http://www.ayri.org/)のもとで練習することを勧めました。
初めてのマイソール旅行
1995年、ゴビンダはSri K. Pattabhi Joisに教えを請うためにインドのマイソールに初めて訪れました。この旅は特別大きなものとなりました、なぜならグルジの盛大な80歳誕生日祝賀会と重なったからです。インドでは、80歳の誕生日というのは特別めでたいものとされているのです。大きな集まりや祝賀会がグルジ最愛の古くからの世界中の生徒たちによって企画されました。世界でもっとも尊敬されているアシュタンガティーチャーたち(Tim MillerやRichard Freemanはじめ数え切れないほど多く)と出会い、同じ場所で練習をするという機会はゴビンダに永続的な影響を与えました。この最初の旅は3ヶ月強のもので、ゴビンダの人生の中でもっともパワフルな経験となりました。そこでの練習のパワー及び深さが強められたことにより、肉体的、精神的、また霊的にも深く永続的な変化が起きたのです。この経験は言ってみれば“帰郷”のようなものでした。自身の真我へと、今まで感じたことが無いくらい深くつながることが出来たのです。ゴビンダは2度と前の人生には戻れないことに気づきました。その忘れられないマイソールへの初旅行以来、ほぼ毎年訪れています。今では、インド、マイソールを自分の第2の故郷と考えています。
人生における大きな変化
インドへの初旅行からアメリカに戻ってから、ゴビンダは全てが変わってしまったように感じました。もう以前のようにビジネスを続けることが出来ないこともわかっていました。多くの重大な変化を起こさなければならないことも。まず最初に手をつけたのは、自分の不動産業から自由になることでした。それを実現するために、出来るだけ短期間に多くの貯金をすることにしました。すぐにアパートから出て、自分のピックアップトラックの中で住み始めました。通常こういった暮らしはきついものと想像しがちですが、実は、ゴビンダはどの場所にも縛られない生き方はとても解放的なものだと気づいたのです。実際、多くの貯金が出来ました。2年間のこの放浪生活により、彼はインドへ旅立つに充分な貯金を得、その後3、4年にわたって帰りませんでした。好きなところに旅をし、自分のハートの思う存分に深く毎日練習をすることは彼の夢が実現したようなものでした。ゴビンダは自分が実現するとは想像もしていなかったような幸せと自由を手に入れたのでした。
大都会の真ん中へ
1999年に、ゴビンダは当時のガールフレンドと一緒にニューヨークに引っ越しました。この大都会での暮らしが、いかにパワフルなものなのか、彼はまったく知りませんでした。すぐにSharon Gannon と David LifeのJivamukti Yoga Center (http://www.jivamuktiyoga.com)で働き始めました。この有名な大きいヨガスタジオの雰囲気や生徒のクオリティは、教えるには素晴らしく、ゴビンダがまだ触れていなかったプラクティスの他の側面を学ぶにも、とてもよい機会となりました。ゲストとして訪れる講師も多く、キルタン(献身的なチャンティングを行う集まり)も定期的に行われました。多くの熱心な生徒たちに、親密に教えることは素晴らしい経験でした。街全体、そして生徒たちのコミュニティのもつエネルギーは、人生そのもの、また練習とは何かということを、より深く学ぼうとするすばらしい空気がありました。
2001年9月11日
Jivamuktiでの期間をちょうど終えた頃、アメリカ及び世界の歴史上もっとも重大な日々がやってきました。グルジがニューヨークを訪れていた期間中のある日、ハイジャックされた2つの旅客機が意図的にワールドトレードセンターに衝突したのです。この事件によりもたらされた混沌やトラウマは、何千人、もしかしたら何百万人もの人生を永遠に変えてしまいました。この時期にニューヨークで生きていたというだけで、人生の大切さ、そして儚さを強烈に学びました。この大惨事は、ある意味、ほぼ起こりえない方法で多くの人々の人生における毎日の仕事を分断させたのです。間違いなく、ニューヨークという街の、そしてアメリカという国の真髄に何かが起こりました。二度と元には戻れないほどに。グルジが、この状況や生徒たちに、どのように応じたかを見るのはとても特別なプロセスでした。この時期に彼が示した、多大なおもいやり、強さ、繊細さ、そして愛情は、ヨガプラクティスの本当のパワーを真に証明するものでした。この時期にゴビンダが学んだ教訓が、人間としても教師としても計り知れないほどの重大な成長をもたらしました。
セレブたちに教える
ニューヨーク時代にゴビンダはとても多くのセレブや有名人と仕事をする機会を得ました。Christy Turlington (http://en.wikipedia.org/wiki/Christy_Turlington) や Sting (http://www.sting.com/) とその妻Trudyにはプライベートセッションとしてとても多くの時間を共に過ごしました。彼らほどの長期間でないものの、その他にもTobey Macquire (http://en.wikipedia.org/wiki/Tobey_Maguire)やGwyneth Paltrow (http://en.wikipedia.org/wiki/Gwyneth_Paltrow)、その他の有名人ともセッションを持ちました。こういった機会は、ゴビンダに、特別な環境のもとで並外れた人生をおくっている人々との出会いをもたらしました。このような人々と知り合い、観察することにより、心理学にも通じる多くの内観を得ました。また、他のどんな観点からも見ることは難しい、人間としての在り方、文化、社会、名声といったものが内的にどう作用しているのかも考察する良い機会となりました。
吉川めいに出会う
2004年の夏、東京での自身のワークショップで、ゴビンダは彼の通訳をすることになった吉川めいに出会います (http://www.maemaemae.com/)。短いおつきあいのあと、ゴビンダは結婚を申し込み、彼女は同意しました。2006年5月11日、2人は東京/明治神宮で格式的な、儀礼にのっとった結婚式をあげました。2人とも初めての結婚でした。グルジはいつも、ヨガプラクティスにおける結婚の大切さを説いていましたが、それが真実であったことがよくわかりました。2人は現在福岡に在住しており、一緒に日本国内や世界を旅し、教えています。
今後について
ゴビンダの情熱は常に、アシュタンガヨガをインドのマイソールでSri K. Pattabhi Joisが教えている通りに伝えていくことです。伝統的なヨガの練習がもたらすパワー、ミステリー、そしてマジックは私たちの通常の理解能力を超えた至福であるといえます。ヨガは、正しく教えられ、練習されれば、私たちの人生に奇跡的に作用し、変えることができるのです。
日本で初めてワークショップをして以来、そこでの生徒たちの伝統的なヨガプラクティスに対する熱心な献身や渇望に、ゴビンダはいつも深く感心させられてきました。今後ゴビンダは多くの時間を日本でアシュタンガヨガを教えることに使いたいと考えています。出来れば長い年月をかけて。現在は福岡を拠点とし、Univa General Yoga (http://www.yoga-univa.jp/)をメインスタジオとしていますが、定期的に日本各地を旅し、教えを拡げていくつもりです。また主に日本の生徒さん向けに企画された特別な集中リトリートも日本国内外において開催予定です。