徒然The World According to Goro
 
今年もまた春一番の季節がやってきた その1
2008年5月12日月曜日
 
 今年もまた春一番の季節がやってきた。今年の春一番(正式名称は、祝春一番2008)は5月2日から5日までの四日間だが、ぼくは5月1日に富田林でライブ、6日に京都でライブと、その前後にも歌う機会に恵まれたので、六泊七日での関西行きとなった。

 5月1日は富田林の「楽市」という居酒屋さんのお座敷でのライブ。70年代に大阪方面でぼくのコンサートやライブをよくやってくれていたFさんと久しぶりに再会したのは、2006年10月に大阪のリバティ・ホールで行なわれたホンヨンウンさんの追悼コンサートでのことだった。ぼくがロビーにいると、「ごろちゃん、わし、わかるか?」と声をかけてきてくれ、その声やこてこての河内弁、その濃い顔を見て、ぼくの中で三十年の歳月が一気に遡り、「あっ、Fさんでしょ」と、もちろん彼のことはすぐにわかったのだ。
 それからしばらくして、大晦日か元旦だったが、沖縄の久高島からFさんは突然電話をかけてきて、「あ、ごろちゃんか、今、わし久高島にいるんやけど、ここでおうた人がごろちゃんの翻訳、すごくええて言うてるで。ブコウスキーとか何たらいう人の小説、訳してんやろ」と、一方的にまくしたてられたこともあった。そして今年になって、「春一番で大阪、来るんやろ? その時、富田林でライブやらへんか?」と誘われ、それこそ30数年ぶりでのFさん企画でのぼくのライブが実現したのだ。
「楽市」は、富田林駅から五分ほど歩いたところにある焼き鳥自慢の居酒屋で、そこの奥の座敷がライブ会場。P.A.を担当してくれ、ぼくの前に歌ってもくれた、本職はカメラマンの木村修平さんとも、ぼくはうんと昔に出会っていて、ぼくはその時のことをすっかり忘れていたが、彼の方ではずっと覚えていてくれたらしい。その時、彼はまだ中学生だった。
「大阪の森小路で月一回、フォーク・スクールってやっていたでしょ。その時、聞きにいったんですよ。五郎さんが『コール・タトゥー』歌ったはる時、友だちにボールペン投げたら、それが五郎さんが弾いたはるヤマハのギターにあたったんです。怒られると思たけど、全然怒らはらへんかった」
 ライブは特別に用意していただいた赤ワインを飲みながら、一時間半ほど。70年代にFさんと一緒にコンサートをやっていた頃に歌っていた「腰まで泥まみれ」や「カム・トゥ・マイ・ベッドサイド」から、最近作った歌まで、楽しく歌うことができた。終ってからは、もちろんお店で、そしてその後Fさん宅に行って、深夜というか、明け方近くまで、昔の思い出話や共通の知り合いの話をしながら、ぼくは赤ワインを飲み続けた。

 翌2日のお昼過ぎに、富田林から近鉄南大阪線、大阪市営地下鉄御堂筋線、北大阪急行と乗り継いで、春一番の会場の服部緑地野外音楽堂へ。その日は平日で、天気は曇りで風が吹いて肌寒いとあって、人の入りは今ひとつのようだ。
 受付で出演者パスをもらい、楽屋にちらっと顔を出してから、客席に出て行くと、今年もいつもの場所にいつものみんながいて、持ってきた料理を広げ、いろんなお酒を飲みながら、それぞれに春一番を楽しんでいる。ステージの演奏に真剣な顔で聞き入っている人もいれば、すでに酔いつぶれて横になっている人もいる。毎年一回、春一番だけでしか会えない人もいっぱいいるが、この出会いが来年も再来年も、いついつまでも続いてほしいと願わずにはいられない。つまり、みんな元気でいてほしいということだ。ぼくも含めて、多くの人がすでに六十代になったり、その直前まで行ったりしている。
 ぼくはP.A.席の後ろの芝生、名古屋や大阪の友だちがいつも集まっている場所に行き、行くなりワインをおねだりして、おいしい料理もいただきながら、ステージの演奏に耳を傾ける。今日の出演者はレゲエやジャズのバンドが中心で、ぼくの知らないアーティストが多かったが、ゆったりとした音楽に気持ちよく身を任せ、夕方の遠藤ミチロウさんやBO GUMBO3の出番になった頃にはすっかり出来上がってしまっていた。
 ということで(何がということでなのか)、友部正人さんが飛び入りして歌ったBO GUMBO3で、一日目の春一番が終ると、宿泊先のホテルのある江坂の居酒屋へ有志(要するにいついつまでもお酒を飲んでいたい人たち)と一緒に行く。そのお店に行くのも毎年の恒例となってしまった。そこには誰がいたのか、それからどうしたのか、ああ、ぼくの記憶は朧…。

 3日は朝の9時過ぎに会場へ。何でそんなに早く行ったのかといえば、今年から連日、11時の開場、開演時間前に、入り口の前で待っている人たちのために、そこのスペースに特設ステージを作り、「アウトサイド・ギグ」と銘打って30分ほどライブをやることになり、3日は博多の平田達彦さんとぼくとがそこで歌うことになっていたからだ。ちなみにこの「アウトサイド・ギグ」は、終演後も同じ場所で連日行なわれた。
 この日はかんかん照りのすごくいい天気で、気温も9時過ぎから急上昇。お客さんの数もとても多くて、開場前には野外音楽堂の入り口から、公園の入り口の噴水(通称、うんこ噴水)の前まで、長い長い列ができた。
 10時半くらいになって、まずは平田さんが三曲ほど熱演し、それからぼくの番になって、「はなれていれば思いはつのる」、「風を見る」、「腰まで泥まみれ」、「ミー・アンド・ボビー・マギー」の四曲を歌った。みんな列に並んでいるので、そこから離れることができなかったが、ステージの前にやって来てくれる人や、ステージの前で踊ってくれる人もいて、歌っていてとても楽しいし、気持ちがいい。「ミー・アンド・ボビー・マギー」では、いとうたかおさんも加わって、ハーモニカを吹いてくれた。
 朝のお務めを無事に終え、この日はたまに楽屋に顔を出したりしたものの、11時の開演から8時前のラストまで、炎天下の芝生で過ごした。いつもの友だちのいる場所、大阪の宮里ひろしさんのヘブン・ヒルの人たちが集まっている場所、神戸でいつもぼくのライブをやってくれるまっちゃんたちのいる場所など、いくつも河岸を変え、行く先々でお酒や料理をごちそうになりながら、ステージの演奏に耳を傾け、日が暮れた頃には、当然べろべろに。そして顔や腕は真っ黒に。気がつくと、この日のトリの中川イサトさんのステージに乱入し、一緒に乱入したみんなと「生活の柄」を歌っていた。
 翌日の4日は、いよいよぼくの出番。しかも正式な再結成ではないけれど、1970年頃に組んでいたVagina Fuck(何ともすごいバンド名ですね。我ながら恥ずかしい)の名前を38年ぶりに復活させての出演だ。というわけで、明日の本番に備えなければならないのだが、ぼくはまた有志(要するに、飲み助たち)と一緒に、夜の江坂の街に繰り出すのであった。そして酒宴は果てることなく……。



 上の右の写真は、ほしのひろひこさんの「フォーク大好き」のページ(http://plaza.rakuten.co.jp/rakuyou2004/diary/20080503/)から無断借用しました。ごめんなさい。
 左の写真はひろりんが携帯で撮ってくれた写真です。ありがとう。

http://plaza.rakuten.co.jp/rakuyou2004/diary/20080503/shapeimage_3_link_0