徒然The World According to Goro
 
持たない
2008年4月28日月曜日
 
 もう三ヶ月ほど前のことになるだろうか。たまに行く近所のお蕎麦屋さんに出かけ、天盛りそばの大盛りを注文し(ここの天盛りそばの大盛りは、圧倒的な量のそばに、圧倒的な量のそばつゆ、そして圧倒的な量の海老の天ぷらの衣で、お腹がいっぱいになるのだ。そして食後は圧倒的な量のそば湯をいただく)、お店にあった新聞を手にして、料理が出て来るのを待った。その新聞には、半年ほど前に一大ベストセラーとなった『求めない』(小学館)の著者の加島祥造さんの取材記事が載っていて、それをとても興味深く読んだ。
 そして天盛りそばの大盛りを食べて満腹になり、帰りに
隣にある古本屋を覗いてみると、表の百円均一コーナーの
本棚に、その『求めない』が並べられているではないか。
これは何かの縁と、まだ読んでいなかったその話題の本を
早速買い求めて、家に帰った。
『求めない』は、読み始めれば、十五分か二十分ほどで、すぐに読めてしまう本だが、その日は帰ってすぐに別のことにとりかかったりして、読まずじまいだった。それからも何かとばたばたと過ごす日が続くうち、『求めない』をじっくりと読むのはつい後回しにしていた。そしていつのまにか日々は過ぎ行き、『求めない』を百円で求めてから三ヶ月、つい最近になってようやく読むことができた。

 求めない——
 すると
 簡素な暮しになる

 求めない——
 すると
 いまじゅうぶんに持っていると気づく

 という短句に始まり、

 どうしてそんなに
 求めるななんて言うんです?

 それはな、求めないと、
 気持ちがいいからさ!

 という短句で終る、200ページにもならない小判の本で、確かに読み始めると、十五分ほどで一気に読めてしまうが、そこに綴られている言葉は実に味わい深く、じっくりと読めば読むほど心に滲みて来る。読むほどに新たな発見や発想、生き方や考え方のヒントに出会える本だとも言える。
 作者の加島祥造さん自身も書いているように、この本で彼は求めることを否定しているのではない。「頭」だけで求めると、どうしても求めすぎてしまい、「体」が求めることを「頭」は押しのけて別のものを求めるようになるので、求めないですむことは求めないようにしようと、メッセージを発しているのだ。そしてこの本全体の考え方は英文学者だった加島さんが、十五年ほど前に出会った、足ルヲ知ルコトハ富ナリという老子の思想がベースになっている。彼は生活の場を大都会から伊奈谷に移し、家族と離れて独り暮らしをし、西洋的合理主義と都会人的心性から一変して、少しずつ自然と交流するタオイストになったのだ。

 求めない——
 すると
 もっと大切なものが見えてくる
 それは
 すでに持っているもののなかにある

 求めない——
 すると
 自分にほんとに必要なものはなにか
 分かってくる

『求めない』では、そんな短句も綴られている。この『求めない』を読みながら、ぼくは「求めない」ことの大切さや大変さをしっかりと思い知らされたが、それ以上に「持たない」ということについても、いろいろと考えさせられてしまった。
 もちろん「求め」なければ「持たなく」なる。そして「持たなく」ても、どうすれば、「求めない」ようになるのだろう。加島さんは、「求め」なければ、「いまじゅうぶんに持っていると気づく」と書いている。ある意味で、「求めない」と「持たない」とは、同じことでもあるのだろう。
 今年85歳になる加島祥造さんは、ぼくにとっては英文学者、翻訳家のイメージがとても強くあり、彼が翻訳を手がけたウィリアム・フォークナーやアーネスト・ヘミングウェイ、デイモン・ラニアンやバーナード・マラマッド、リング・ラードナーやアガサ・クリスティー、それにエド・マクベインなどの作品は、うんと若い頃にいっぱい読ませてもらった。
 英文学者、翻訳家と言えば、原書やさまざまな文献、いろんな資料など、それこそ「もの」に囲まれるというか、「持た」なければ不可能な仕事で、そんな生き方を半世紀近く続けた後、必要最小限のものだけあれば、それ以上は何も「求めない」という生き方に、老子との出会いがあったとしても、加島さんが現実的にどんなふうにして変えていったのか、とても興味がある。
 というのも、ぼくも物書きや翻訳家の端くれのようなことをしていて、その資料というか、厖大な量の本やCD、レコードに埋もれて生きている。そして何が必要で、何が必要でないか、その境目がまったくわからなくなってしまっているからだ。すべて必要と言えば必要で、すべて必要じゃないと言えば必要じゃない。すなわちAll or Nothingの世界のようにも思える。
「求めない」とは、「持たない」ことであり、「持たない」とは「求めない」ことである。それは重々わかっていても、ぼくは十代の頃から集めに集めた、本やレコード、CDなどをちゃんと整理もできなければ、手放すこともできないまま、「持ちすぎた」生き方を変えられないままでいる。

 求めない——
 すると
 自分にほんとに必要なものはなにか
 分かってくる

 と、加島さんは書いている。
 でもこの何が「自分にほんとに必要なもの」なのかを知るということが、ぼくにとっては「求めない」こと以上に難しいことのように思えて仕方がない。それは「求めない」ことで、はっきりと見えて来るのだろうが…。