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見渡すかぎりずっと平な草原に白い点がひとつ。
止まっているようで、ほんの少しずつ動く点。
ヤンヤンは、丘の上で羊の番をしながら、それをなんだろうとずっと眺めていた。ときどき、後ろから羊のぬれた鼻が首をくすぐったけれど、木の枝ではらいのけては、また草原へと目を向けた。
昼になって追い風になると、それが人だと分かった。白い布から髪がはみ出して、草原の青い草とともにこちらにそよいで来る。
木の枝で地べたに人を描くと、ヤンヤンは立ち上がった。さっと風が吹き上がり、タルチョーと呼ばれる五色の旗のうち、天を表す青い旗がとぎれて空へと飛んだ。
どこまでも高く上る青い旗。空の色にかくれたかと思うと、白い点もそれを見上げた。
「女の子だ」
ヤンヤンは思わず叫ぶと、羊の群れとともに風のように丘を駆け下りた。
遠くからは、それは空から雲が落ちてきたように見えたことだろう。
羊たちは忙しそうに声をあげて、大地をふんだ。
「女の子だ」
ヤンヤンは、今度は隣の丘で羊の番をしているいとこのシシンに向かって叫んだ。するとシシンも「女の子だ、女の子だぞ」と同じように叫んだ。
二人の声は包(パオ)の大人たちへと届いた。ヤギに餌をあげていたおじいさんは手をとめて顔をあげた。
女の子は名前をランといった。
このあたりの子ではなかった。目鼻立ちがぺちゃんこで真っ直ぐな黒髪の持ち主。目だけが大きく、まつ毛が長い。東の国の人の顔立ちだった。
「どこから来たの?」
ヤンヤンは訊ねた。
「ラクヨウ」と少女が答えた。聞いたことのない街の名だ。
「どこへ行くの?」とヤンヤンは再び訊ねた。
「西」
少女は丘の向こうを指差した。ヤンヤンは方角をきいたのではなかった。太陽が沈むところが西。羊を連れて旅をする遊牧民の子が、西を知らないはずはなかった。
「西のどこにいくのか聞いているんだよ」
「ずっと向こう」
「ずっと向こうに行っても何もないよ」
ヤンヤンは六日も西へ旅したことがある。東から兵が攻めて来て、おじいさんとシシンと逃げたのだった。どこまでも草原が広がっているだけで、そこにはなにもなかった。ここと同じ。強いて言えば、岩がごつごつしていて、草がまばらになるぐらいだ。
「砂漠に行くの」と少女が言った。
「砂漠って何?」
「見渡す限り砂で出来ているところ」
「そんなところに行って何をするの」
草のないところに行ってどうするのだろう。羊は食べるものがないし、水もない。不思議な子だとヤンヤンは思ったけれど、少女のお腹がキュウっと鳴ると、ヤギの乳で出来たチーズを差し出した。
「あげる」
「いらない」
キュと再びお腹が鳴った。無理矢理ヤンヤンは少女にそれを握らせた。どうやら見たことのない食べもので、口に入れるのが怖いようだ。仕方がないので、それを半分に割ると、ヤンヤンは一口食べてみせた。
「美味しいよ」
「...」
てのひらを見つめたままの少女。匂いを嗅いで、顔をしかめたけれど、目をつぶって口に入れた。
「美味しい」
「だろ?」
ランがにこりと笑った。笑顔がかわいい子だ。
「砂漠に行って何をするの?」
「ダイヤモンドを探しに行くの」
「砂漠にそんなものあるはずないや」
「あるの」
「ない」
「あるもの。おばあさんがそう言っていたもの」
ランが眉をつり上げた。女の子を怒らせたら怖いとシシンのおかあさんが言っていたのを思い出した。
「お腹が空いているんだろ?僕の包(パオ)においでよ。何か食べて行けばいい」
機嫌をとるように言えば、彼女はうつむいた。どうしたらよいか迷っているようだった。
「日が暮れたら、危ないよ。このあたりは夜になるとぐっと冷えるんだ」
「知っているわ」
ランは野宿しながら旅をしているのだと言う。
いく晩もいく晩も月と星を眺めて凍えながら眠ったと付け加えた。
「寒かったろう?」
「そんなことないわ」
少女は唇をかんであごを上げた。気の強そうな目だとヤンヤンは思った。